
久方ぶりに訪れた彼女の邸宅は、すっかり雪がとけて新緑に包まれていた。
「真夏であってもここでは雪がまだ残っていると思っていた」
「季節は残しておかなければ、風情がありませんもの」
この邸の主、三鈴は、暖かく彼を出迎えた。
夏にもかかわらず、蝉の声すら聞こえない静寂に包まれた場所である。
夜月は、じっと彼女を見つめていたが、ふと茶を煎れていた手を止めた三鈴の視線がこちらを
向いた途端、すっとあからさまに目線をそらしてしまった。
「どうかなさいましたか?」
「いいや、なにも。ただその……あまりにもあなたの所作が美しいので」
夜月の心はよほど乱れていた。
正直に自分の心を伝えることに慣れていない彼の心情は、こそばゆく、どうしたものかと。
本当は所作ではなく、彼女が美しく眩しいと
そのようなこと、真っすぐ伝えられるものかと、彼の葛藤である。
ああ、文であれば、黒龍というだけの俺であれば正直に伝えられるものと。
正体を明かしてしまった今となっては、それも過去のことで今の彼女には通用しないのである。
「まあ、ありがとうございます。私の所作など……普通の方と変わりませんわ」
「そうだろうか、あなたは他と違って見える」
すると、彼女が俯き、何か憂いを帯びた表情でしばらく黙った。
夜月の心中は穏やかではない、何か悪いことを言ってしまったかと冷や汗ものである。
「あの、何か気に障ることを言ってしまっただろうか」
三鈴はすかさず頭を左右にふって、夜月を見上げた。
「私、嘘をついてしまいました」
「え。なにを……?」
「雪が残っていないと、さきほど申されましたね?あれは、その……残すことができなかったのです。季節のせいにしてしまいましたわ」
意味をはかりかねる夜月に、三鈴が目を伏せて答えた。
「あなたのことを想うと、心の奥が暖かくなって、ほとんどの雪がとけてしまったの」
三秒経った。
その間、三鈴の真白い頬はほんのり紅潮して、
夜月といえば、しばしの思考停止状態であった。
「それは可愛すぎないか」
「え……」
「え。……あ、今声に出てたか?出てたのか!」
恥ずかしさに悶絶しそうになる彼は、頭の中がしっちゃかめっちゃかで、
どうにも格好がつかない自分に歯がゆさを感じている。
三鈴というと、彼の正直なところを嬉しく思い、愛しく見つめている。
夜月は、もしこれを友人たちが見ていたならば、きっと笑われているだろうと
心の中で、悔しく、しかしそれでいて安堵感と、彼女の気持ちが嬉しい喜びとで
なにかもう、どのように落ち着いたものかとひたすらに姿勢を変えることくらいしかできないのであった。
