ここにある

ここにある

「代わり映えしない日々に君はいつも満足そうにしてるけど」

とっさに捕らわれた手に、彼女は驚きなされるがままだ。

「本当はつまらなく感じてるだろ。変化がないのは退屈で退屈で……私はあの時の自分を思い出して、また同じになってしまうと恐れてる。君はそれに気づいている?」

「私は……ええ。そうね。そうしてまた城を抜け出したくなる」

千歳は伏し目がちに答えた。

お互いに、同じような過去を生きてきたものだ。

息の詰まる場所から、青空の下へ。そして草原へと。

千迅が何を言わんとしてるのか、彼女にはよくよく分かっていた。

「だだっ広い場所で、ひとり。永遠に。それはとても穏やかだ。でも恐ろしい。君はその恐ろしさに耐えられる?」

「あなたは私以上にそれを経験してる。分からないわ。私はあなたじゃないから」

「君は私だよ。どこまでも。それは未来永劫変わらない。たとえ違う世に生きていたとしても。でも今は二人ここにいる」

「あなたは私に必要としてほしいの?」

ほんの少し揺れた彼女の瞳を、彼はじっと見据えていた。

そうして、ふっと瞳を閉じる。

「男ってものはそういうものだろ。私は君のために存在しているしそうでありたいと願う」

「でも、あなたは私と同じ、あなたは私のためだけの存在じゃないわ」

「君のためじゃなかったら、いったいどうして、この空っぽを埋められる?」

今度は少し潤んだ目で、千迅は伏せた瞳をどこにやろうかと惑う。

「あなたのその空っぽという気持ちはなんとなく分かる。私もそう思って埋めてきたから。私にできることならなんでも。でもね、空っぽなんて最初からなかったのよ。元の自分を思い出すだけで良かった」

千迅は千歳の手を包んだまま、彼女の聴き心地のいい声に耳を傾け黙ったままだ。

「でも、あなたが今そう思っているなら、その気持ちを否定しないわ。ただ、受け止めて。あなたの気持ちそのままに」


彼は少し考えていたが、やがてふっと息をついて、

「……恐れに向き合う必要があるのは私の方か」

少し眉を下げて、柔らかい表情を見せた。

「なら、私だってきっとそうよ」

千歳も、控えめに笑みを浮かべたが、彼は頭を左右にふる。

「いいや、君にはもうかなわない。まるで仙人のようだ。崇め奉らないと」

「何よ、急に。だったらあなたも仙人」

「やめてくれよ。仙人なもんか。私はせいぜいはぐれ者」

「私も似たようなものだわ」

「君は違うって」

「君は私だよって言ってたじゃない。二人で一つでしょ」

「それはそうだけど……」

「だったらもう自分を卑下するのはおやめなさい」

「……分かったよ」

少し懐かしい青年染みた顔をして、千迅は顔を背けた。

不貞腐れた彼の様を、千歳は口元に手を当てて、笑い始める。

「なんにも面白いことなんかないぞ」

「あるわ。ここに」

再び笑う彼女に、彼はどこまでも不満気に、

しかし、これもいいかと、思えてならない自分の心に。

戸惑いを感じながら、その心地よい鈴のような笑い声を聴いていた。