
「ふふ。……」
千歳は夢中になって、手元の絵巻を楽しんでいた。
彼女の文机には、絵巻がびっしりと並んでいる。
その様子を、千迅は何の気なしに眺めていた。
「あのさ」
「ん?」
生返事の千歳に、千迅は手持ち無沙汰で人差し指と親指をかりかりと合わせている。
「ちょっと散歩でもしない?」
「今いいところだから、後でね」
あっさりとふられてしまった。
彼女は構わず絵巻に瞳を輝かせている。
「そんなに面白い?」
「ええ、とっても」
くすくすと笑みをこぼす千歳。
「どんな話なの」
「ああ、話が面白いというより、出てくる人物が面白くて好きなのよ」
「へえ」
「主人公の女の子が、ある事件に巻き込まれちゃって、それを助ける親友とその彼の話。その二人が面白くって」
「親友と彼が恋人同士なの?」
「そう。その二人よ。主人公の女の子は、亡くなった恋人の事件解決に奔走してて……」
「なかなかそれは悲しそうな話だね」
「それがそうでもないのよ、度々空想の中にその亡くなった恋人が現れて主人公の女の子と会話するの」
「はは、そりゃ変な話だ」
「あ、馬鹿にしないでよ。素敵なんだから」
彼女は少し不機嫌そうに千迅を見た。
「やっとこっち見た」
千迅はふと笑みを浮かべて千歳を見つめ返す。
否、正確には、彼女は見つめていたつもりはなかったのだが
「もう。意地悪ね」
彼女は顔を背けて再び絵巻に夢中になる
とすると、彼がいきなり絵巻を取り上げた。
「君がそんなに夢中になるんなら、私も見てみようかな」
「あ、ちょっと!返してよ、まだ途中なんだから」
一向に返そうとしない彼に、千歳は不愉快そうに手を必死に伸ばす。そう大差ないとはいえ、彼の方が身長が高い。
「へえ、なかなか面白そうだ。君がはまるのも分かる」
「もう、いい加減に……あっ」
つま先立ちで体勢を崩してよろけた彼女を、千迅が咄嗟に抱き留めた。
「おっと」
代わりに落ちた絵巻が転がり、さらさらと場面が流れていく。
彼女の腰をしかと抱き留めたまま動かない彼を千歳は思わず見上げた。
「その辺の物語より、私とこうして戯れてる方がよっぽど楽しいだろ」
「自惚れないでよ」
眉をハの字に曲げて、仕方ないという風に笑みを浮かべた彼女の瞳は、今は彼しか映していなかった。
