
「西洋のお話を聞いたことがあるかい?」
少年は利発そうにふたりを見上げた。
「どんなお話かしら」
「それはだね……三人の従者が、お姫さまを助ける話さ」
「ああ、それはきっと三人の剣士と一人の若者が結託して、さまざまな困難を乗り越え解決していくお話だね」
「そう、それ。なあんだ、知っているのか。僕だけが知っているものかと思った」
「そのお話は有名ですよ。東洋でも知らぬ者は少ないのでは。しかし、若さまが聞いた”お姫さまを助けるお話”というのは聞いたことがない。一体どこでそれを?」
「僕もよく覚えていないんだけどね。雲の上の囚われのお姫さまが雪や雨を降らして、それが彼女の冷たい涙だったり、暖かい慈雨だったりするのだけど……それを晴らそうと、従者たちが揃って救いだそうとする話。最後は従者の一人とお姫さまは恋に落ちるんだ。そして皆で戦って、悪鬼を打ち滅ぼす」
「素敵なお話ね。私も聞いたことはないけれど……」
「あ、ほらやはり僕だけが知っている物語なんだ。千歳も知らないなら、よほど誰も知らない物語に違いない」
「ふふ、君が好きそうな話だね」
ちらと彼女に視線をやった千迅が穏やかな笑みを浮かべた。
「ええ。聞いているだけでわくわくする。私も新しい物語が描けそう」
「本当?なら、もっともっと思い出して、君に聞かせよう。ちょっとまっていて。うーん……」
しばらく思案していた少年だったが、なかなか思い出せない様子であった。
「ならいっそのこと、私たちで三人の従者になろう」
千迅の思いつきに、千歳と少年は、目を瞬く。
「それは面白そうだな。三従者ごっこだ」
「でも、肝心のお姫さまがいないわ」
「それはさ、若君次第かな」
千迅がふと少年を眺めた。
「若君。その物語の通り、お姫さまと恋に落ちる従者になってもいいと思うかい?」
「それは本当のお話?それとも物語?」
「どちらでも同じことです。あなたの物語だ」
少年の心に静かに、新しい風が吹いてくるように。
開いた物語の一幕は、まだ始まったばかり。