
シュルシュルと袖口に吸い込まれた者たちが、ふわりと着地する場所は、
人が入り込めない世界。
正しくは、人だった者が龍となって入り込める世界。
「どうしてか私たち(龍神同士)は、主に呼ばれない限りここにいさせられるのね」
千珠があたりを見渡して、千風を見た。
「ええ。私としては、ここにずっとあなたといてもよいくらいですよ」
千風はにっこり笑みを浮かべ答えた。
「ふふ……私をからかうのはおやめなさい」
千珠はつとめて冷静に、しかしそれでいて、親しみを込めて笑う。
彼女の笑顔が彼が一番求めるものであった。
「からかってなどいませんよ。本心です。その証拠に」
千風はどこからともなく、ぽんと一輪の花を手元に。
「桔梗。永遠の愛。変わらぬ愛。気品、誠実……」
「ええ。ではその中で一番今のあなたにふさわしい、誠実をどうぞ」
千風はその花を彼女に手渡した。
渡してから気づいた、ぽんと出すのは彼女の目の前の方が良かったかもしれない。
そういう演出の方が彼女へダイレクトに伝わったかもと。
彼はどこまでも、愛を伝えることに妥協のない男龍である。
「ふふふ、ありがとう。でもどうして誠実なの?」
「おや?ではもうこの並々ならぬ愛をあなたに注いでもよいとおっしゃるのですか?本当に?」
黙っていれば整い過ぎている美しい彼の、鋭い視線に、
千珠は少し物怖じしてそれを隠そうと視線を落とす。
「あなたにはかなわないわね。確かに、私はいまだに龍としても女としても器が育ちきっていない。準備不足だわ」
「そうでしょうか。私には、もう十分素敵な女性に思えますよ。この桔梗にふさわしい。ただ、私が言いたいのは、あなたの心を丁寧に扱いたいということだ」
「私の心を?」
「ええ。他の有象無象の野暮な男たちと違って私は誰よりもあなたに対して誠実に。……という思いも込めて、この花をあなたに贈ったつもりです」
千風は真っ直ぐな思いと共に、その偽りなき瞳をしっかりと彼女に向けている。
千珠は少し黙ったまま、何か思いを巡らせていたがやがて、
「それなら、私も安心してあなたと心から向き合うことができそうだわ」
一輪の花がそっと大事に彼女の手に握られていた。
