「あなたのお考えをお聞かせください。私はあなたのことをもっと深く知りたい」
黒雨は、姫のこともありながら、人のことももっと知りたがる龍神でありました。
姫はそんな黒雨を珍しいとも思いながら、込み上げる嬉しさを抑え切れずに声を弾ませます。
「今日ここへ来た若者たちを見て、その楽しそうな和気あいあいとした姿に心を惹かれました。城にいた頃は側近くに侍女はいても、何だかいつも一人でいたような心地がして……」
高梨家にいた頃の思い出は、姫にとっては少し物足りないようなものだったのでしょう。
黒雨はそんな姫の言い分にただしっかりと耳を傾けていました。
「私もあの若者たちのようにどなたかと気兼ねなく楽しく言葉を交わしたい。黒雨さまがいながら私はこのようなことを思ってしまったのです」
止められない言葉に少し罪悪感を抱きながら話す姫に、黒雨は深く頷きました。
「つまり、友達が欲しいってことですね」
その言葉は黒雨でも姫のものでもありませんでした。
いつの間に現れたのか10歳ほどの童が笑みを浮かべて、折り目正しく姫の隣に座っています。
「あなたは……」
「あ! 申し遅れました、僕は十和田湖に住む水季と申します」
深々と頭を下げる童に、黒雨はじっと目を凝らしました。
「十和田湖といえば、ここより遠く離れた北の地にある湖ではないか。龍の童が何故ここへ」
「まあ……龍の?」
姫は興味津々で水季を見つめます。
「はい! 十和田湖の主さま、八郎太郎さまへお仕えしておりました。しかし……突然、南祖坊と名乗るお坊さまが現れて、八郎太郎さまに立ち退けと……」
水季は、十和田湖をめぐる八郎太郎と南祖坊の激しい戦いを止めてもらおうと、黒龍である黒雨の元へ参ったのでした。
「黒龍さま、どうか八郎太郎さまをお助けください。そしてどうか争いを終わらせてください。相手がお坊さまではいくら八郎太郎さまといえども……」
「待て、それは八郎太郎殿の戦いであろう。私が助太刀したところで何も解決にはならん。双方の戦いの決着がつくまで辛抱するしかないだろう」
「しかし、もし八郎太郎さまが負けてしまったら主さまと僕の住処がなくなってしまいます」
「身内の問題は身内で解決した方がいい。私が口を出すことではない。大体なぜ私に……」
「黒雨さま」
黒姫が静かにたしなめると、水季は身を乗り出して続けます。
「大嵐を起こした黒龍さまのお噂は十和田湖まで届いておりました。黒龍さまも戦いに加われば百人力、いや、百龍力!」
「いや、しかし……」
言い淀む黒雨は、チラと姫の様子をうかがっていました。
姫は感慨深くじっと水季を見つめ、当の水季はひたすら懇願の眼差しを黒雨に向けています。
「やはり、私が出る幕ではないだろう……」
「遠い地からわざわざ助けを求めて来たというのに、あんまりではございませんか」
何度も頷く水季に加え、黒姫の恨みがましい視線も黒雨に注がれます。
二人の様子を前に言葉を詰まらせる黒雨は、やがて大きなため息を吐きました。
「分かりました。姫がそこまでおっしゃるなら致し方ない」
「やった! さすがは黒龍さま、姫に弱いというお噂も本当だったんですね。あ、黒雨さまって僕もお呼びしてもよろしいですよね!本当のお名前でしょう?」
「……好きにしろ」
無邪気に笑う水季に、苦々しい顔を向ける黒雨でしたが、そこは大人龍の余裕を見せて咳払いするに留めました。
何より姫の楽しそうな様子を見て、黒雨も自身の心が弾む気持ちに気付いたのです。
姫が求めていた何かを、知ることができるかもしれない。そして水季は自分よりそれを知っている口ぶりでいたことが気になっていたのでした。