
不思議なことがいくらでもあった時代にも聞いたことがない
今までに見たことのないような美しい情景がこの世に存在することを
「不思議なことがいくらでもあったと言いきってしまうあたり、この男は随分と神代に夢を見てる」
千迅はふと笑みを浮かべて、その詩を眺めた。
「夢を見るのは自由よ。それにきっと誰だって口に出してないだけで心の奥でいつも夢を見てる」
千歳の瞳は愛しくその詩を見つめている。
「だからこそ、あなたもこうやって夢を書くことができているのよ」
彼女は文机の隣に積まれた紙の山に視線をやった。
それは、彼が今まで書き溜めた、あるいは書いたまま持て余した物語の数々である。
「それは日常の中の奇跡だわ。心が震えるから書きたくなる。そういうときめきがあるから何かを創り出したいと思うのよ」
「君も?」
「ええ。……時々ね」
千歳は伏し目がちに答えた。その様子を千迅は意味ありげにじっと見つめている
「へえ。時々ね」
しばらく静かな時が流れたが、やがて千歳が大きく息をはいた。
「いいえ、誤魔化すのはやめるわ。そうよ。いつも。いつだって、日常は不思議であふれてるんだもの。私だって、ふとした時にこう、」
何かを考えあぐねた様で彼女は言いよどみ、続けて
「あなたが集中してる時の仕草とか、表情とか。女なら誰だってそうよ。男のそういうところにときめいたりするものよ」
「はは、君はこちらを見た後、何か思いついたように描き出すから、何か良い案でも思い浮かんだんだろうなとは思っていたけど」
「気づいてたの。嫌だわ、分かってて黙って楽しんでるなんて」
「わざわざ言うことでもないだろ。自惚れてると思われたくもないしな」
「策士だわ」
千歳は照れつつも不満気にしていたが、千迅は殊更楽しげな笑みを浮かべている。
そんな彼だからこそ、彼女はいつまでも夢中になれる。
まるで少女のように、そして少年のように。
そうしてまた新たな物語が紡がれていく。
