わたしの好きな雰囲気

わたしの好きな雰囲気

「たとえばこう……昼間の、穏やかな時間というか。昔の絵巻なんかを読んでいると、一気にその空気が入ってきて、私も一瞬でその世界に引き込まれるの」

「それで創作意欲が湧くってわけだ」

「そういうこと」

「でも、昔の絵巻ってそんなに種類はないだろ?すぐに飽きてしまわないか」

「そんなことないわ。何度も好きなものを読み返して、新しい発見もあるもの」

「ふーん……」

「後は、あなたを見てると、浮かんだりとか」

「それは嬉しいね」

「でも意識し始めるとだめなのよ。あなたが、無意識の時がいいのよ」

「無意識の時って?どんなふうにいいの?」

「それはー……わざとらしくない、こうふとした瞬間の仕草とか」

「それがどうして」

しばしの沈黙が続き、千歳が視線を外した。

「今のあなたはわざとらしくて好きじゃないわ」

「他は好きなのかい?」

墓穴を掘った。千歳は、してやられたという心地で、

「あなたの照れてるカオとかね」

すぐさま反撃に出た。

「て……ふーん。そう。私はあんまり照れないけど。そうなんだ」

「そのふーんも照れてる証拠よ。なんて言ったらいいか分からない時の」

「う……畳み掛けるな、君は。参った参った」

「ふふ。私に勝とうなんて一千年早いわ」

存外負けず嫌いの彼女である。

千迅はそんな彼女を愛しいと想い、こういう言い合いも悪くない。

そう胸のうちでささやかに感じていた。

これこそ、君の好きな雰囲気、ではないだろうか。

そうであってほしいと願いながら。