「余計なことを言うな水季」
無理矢理身体を起こした八郎太郎が、水季の髪をぐしゃぐしゃと撫で回します。
「八郎太郎さま! まだ動いては……」
「もう大丈夫だ、それにしても本当に黒龍殿を呼んでくるとは……お噂はかねがねうかがっております。水季がご迷惑をおかけしました」
荒々しい見た目に反して礼儀正しい八郎太郎に、黒雨も居住まいを正し答えます。
「いや、こちらこそ力になれず申し訳ない。この度はたいへんな目に遭われたな」
「情けない話です。他の湖を探さなければ」
立ち上がろうとする八郎太郎に、水季がすがって首を振りました。
「酷い怪我をしているのに……湖はまた後で考えましょう、まずは黒雨さま・黒姫さまご夫婦のお屋敷にお世話になりましょう」
「えっ」
間の抜けた声を出す黒雨を気にも留めず黒姫も頷きます。
「私どもも構いません。せめて八郎太郎さまのお嫁さまを探し出すお手伝いをさせていただければ……」
「姫、主旨が変わってきていないか」
「いいえ、そうすればお嫁さまと同じ湖に住めるでしょう。住処とお嫁さまを両方手に入れる良い機会ではありませぬか」
「確かに……そう、なるのか……?」
納得しかけている黒雨に、八郎太郎はブンブンと勢いよく頭を左右に振ります。
「いいや!嫁など俺にはまだ……第一そんな……俺を受け入れる雌龍がいるはずが」
「僕はもっと自信もって良いと思うんですけどねー、性格や顔だって悪くないですし」
「水季!!」
怒鳴る八郎太郎の気迫に水季は恐れおののき、姫の背中に隠れます。
「あらあら……でも、龍神さまを受け入れた人ならここにいます」
姫は穏やかに笑みを浮かべて黒雨に視線をやりました。
黒雨は目を逸らしつつ、膝を叩きます。
「まあ……その、愛に人だの龍神だのは関係ない。良い相手が見つかるといいな。八郎太郎殿」
「八郎太郎で良い。俺も黒雨と呼ばせてもらう」
この龍とは気が合うと察した八郎太郎は、もうすっかり黒雨に気を許していたのでした。