
「なんかまた頭で真面目に考え始めてるな」
しばらく沈黙して思考を巡らせていたのに、一瞬で現実に、目の前に引き戻された。
それも彼の心地良い声が耳元を触った故に、考えがストップしてしまったのである。
「何も考えない方がうまくいくよ。君は頭でいろいろ考え過ぎ。たまには頭空っぽにして私に任せなよ」
何事もつい深く考えてしまう彼女にとっては、彼の軽やかな風のような、
それこそその名にぴったりの生き方が、新鮮で、時に不安にさせる。
「でも……やっぱり」
「でもはナシだ。思考の影を追うなよ。君はそのままでいいことを思い出すんだ。今、何も、不自由じゃない」
考えるのをやめて、上に任せればうまくいく。
長年葛藤してきた末に辿り着いたのは、とってもその時には考え付かないようなことだ。
ほんとうにこれだけでいいの?と、何もない空に問いたくなるような。
「分かったわ」
千歳は、目を閉じて大きく深呼吸する。背後の彼の存在を感じながら。
澄んだ風が心地良い。
しばらくして、風が落ち着いてきた頃。ふと彼が語りかけた。
「何かぐるぐる考えそうになったら、ここに立ち返るんだ」
すっと彼が彼女から離れて、そこに残ったのは一枚の羽織り。
千歳は、それを愛しく撫で。
心が静に満ちていくのを感じた。