
「えっ何これ楽しい」
千歳が独り言のように呟く。
「ん?」
しかし、彼女の前にはまっさらな絵巻があるだけだ。千迅はそれを覗き込み、首を傾げた。
「何も描いてないみたいだけど……」
「感情を先取りしてるの。そうしたら何か思い浮かぶのよ」
「なるほど……」
彼女は高度過ぎる。千迅は瞬時にそう悟った。
それを一瞬で把握する彼も似たようなものだ。
「あ、何だか楽しくなってきた」
「ええ。そうね」
暫く沈黙した後、彼はくく、と笑い声をあげた。
「まあ!信じてないのね」
「信じてるさ、ただちょっと強引だと思ってさ。もっと他ごとをしてみたら?例えば、今すぐ筆を置いて一緒にさ」
千迅がすかさず彼女の手を引こうとしたが、すぐさま避けられてしまう。
「あなたがそうしたいだけでしょ。ごろごろしたいのならおひとりでどうぞ」
「もう、なんでそう悲しいこと言いかな。一人でごろごろしたって楽しくないよ」
「布団にいなくてもこのまま話せるわ」
「分かってないなあ」
彼は既にいそいそと布団に入り、彼女の袖は引っ張らない程度に、しかし確かにしっかりと掴んでいた。
それくらいなら彼女は許してくれる、彼のちょっとした甘えであった。彼女もそれを分かっていて今度はそのままでいる。
「あなたってちょっとネコみたいよね」
「ふーん……そうかな。にゃんとは鳴かないぜ」
「ふふ、鳴いてるじゃない。……あ、そうだ、ネコの擬人化を……」
「君、なんでもネタにしてしまうな」
千迅が呆れて彼女を見上げた。
「あなたのその表情、いただき」
「ああ、はいどうぞ。もういいや。君が喜ぶならそれでさ」
半ば自棄になる彼は一人で布団にくるまってしまう。
「うふふ。それでいいのよ。ネコは布団で丸くなる」
千迅はムッとして顔だけ覗かせていたが、彼女はそれに構わず筆をひたすら走らせていた。