水季の案内で遠く離れた北の地に降り立った黒雨と黒姫は、その惨憺たる状況に目を見張りました。
荒れ果てた大地は水に呑まれて茶色く濁り、一匹の龍が傷ついた身体を引きずって湖岸から這い上がるところでした。
「八郎太郎さま!」
水季が龍の元へ駆け寄ると、龍はみるみる人の形に変化していきます。
「水季か……すまない」
やっと絞り出した言葉に、水季は目に涙を溜めて頭を左右に振ります。
「僕がもっと早く黒雨さまをお呼びしていればよかったのです……でももう安心です! 黒雨さまが来てくださったので」
黒雨に視線をやった八郎太郎はそのまま倒れ込んでしまいました。
「なんだ、もう一匹いたのか」
地響きのような声に振り返ると、湖の上に姿を現した青龍がじっとこちらを睨み付けています。
黒雨は黙ったままただ青龍を見上げていました。
八郎太郎を倒した南祖坊は既に青龍の姿へと変わっていたのでした。
「ええそうです!黒雨さま、八郎太郎さまにお力を……」
「いや、もう決着はついている」
黒雨が八郎太郎を背負い、姫に視線をやりました。
「行きましょう」
姫は頷いて呆然としている水季の肩に手を置き促します。
青龍は立ち去っていく黒雨たちを眺めた後、暗く深い湖の底へと消えていきました。
湖から離れた場所に宿を借りた一行は、仄暗いろうそくの光が揺れる部屋の中で押し黙っていました。
八郎太郎の介抱を終えた黒姫の隣には水季がいて、神妙な面持ちで主を見つめています。
「申し訳ございません、黒雨さま」
「なぜ謝る。そんな顔をするな。止めを刺される前に助け出せて良かっただろう。湖はまた別の場所を探せばいい」
淡々と答える黒雨に、水季が大きく頷き返し期待を込めた眼差しで黒雨を見ました。
「それまで、ご夫婦のお屋敷にお世話になってもよろしいでしょうか」
「なっ……調子に乗るな、あそこは……」
「やっぱりご夫婦の愛の巣にお邪魔してはいけませんね……はーー、八郎太郎さまもどなたかと一緒になればよろしいのに」
「まあ、どなたか良い龍神さまはいらっしゃらないの?」
黒姫の問いかけに、水季は主の真似をして大人びた顔をして答えます。
「”人から龍になった俺を受け入れる雌龍などいはしない”、と断言しておられました」
八郎太郎は人から龍となったという特殊な経緯を持つ龍神だったのです。