「俺は良い頃合いかと思っていてな。姫との縁を強く結びたい」
一人の男が、若々しく語る。
それを前にしているのはおなじみ千迅と千歳の二人であった。
「それはよいことですが、なぜそれを私どもに?」
「よくぞ聞いた。そのためにおぬしらの元へ参ったのだ。姫の家は厳しく、俺の家のように放任的ではない、ゆえに、そう易々と出入りも許されぬ。よって、二人に俺と姫の手引きを頼みたい」
「ははあ、手引きとは」
「まずは千歳。おぬしには、新たな絵巻を綴ってもらいたい。姫のために」
それを聞いた千歳は、胸をときめかせていた。
もともと、姫君とは面識があり、度々千歳の絵巻を楽しみに愛読していると聞いていたのだ。
「まあ……素敵だわ。お二方のためならば喜んで」
「うむ。千迅には、俺の文を届けてもらおう。並の従者では役に立たない。門前払いされぬよう、賢く立ち回れそうなおぬしに任せたい」
「お言葉は嬉しいですが……私は神峯殿の従者ではないですがね」
「無論。おぬしのことは友と思うておる」
「……え?」
千迅は思いがけない彼の一言に驚き、神峯という青年は続けて千歳を見た。
「もちろん千歳のこともな。白菊もそう申しておった。心を許せる数少ない友だと。ならば俺にとってもそうだ。そうでありたいが、だめか?」
こういう時、若君というのは素直というか、無邪気というか、そんないじらしい様子に、
千歳と千迅までときめいていた。
「……は、い、いえ、なら尽力いたしましょう。そう素直におっしゃられると調子が狂うな……」
「何か言ったか?」
「神峯さまはもっとそう素直な物言いをされる方が、白菊姫さまのお家の方と打ち解けられるのではと、千迅はそう申したかったのですよ」
千歳の言葉に、神峯はううむ、と唸る。
「俺もそうしたいが、いかんせんどうにも……頭が固い連中のようだ。だからこそ。千歳の絵巻は姫君のためでもあるが、あの家の者も素晴らしい絵巻を贈られたとあっては認めざるをえまい。それほど君の描くものは貴重で価値あるものなのだ。姫君を夢中にさせるほどに」
「ならば。よりいっそう心を込めて誠心誠意お作りいたしましょう」
神峯と、千歳の瞳が交差し一瞬、火花のようなものが散って見えた。
千迅はそれを目の当たりにして、千歳の袖を引っ張る。
「千歳、大丈夫?こんな大役、君には荷が重いのでは……」
「私を誰だと思っているの。神峯さまがここまでおっしゃってくださった上に、白菊さまのためだもの。やらないわけにはいかないわ」
「君ちょっと昔に戻ってない?どうしてそんなに好戦的なんだ。神峯殿の影響か……」
皆それぞれ過去の世、というものがあるが、神峯のそれと、千歳のそれはどこか似通っているのかもしれない。
少なくとも千迅はそう感じて、彼女の様子を注意深く観察している。
「よし!では三人力をあわせて」
神峯が急に手を差し出した。
しぶしぶといった様子の千迅の手を引っ張り乗せ、その上に千歳の手が重なる。
「この戦、勝ち取るぞ、えいえいおう!」
「え、えいおう」
「千迅、声が小さい!」
「「えいえいおう!」」
愉快な三人の国盗り合戦……ならぬ、姫君との縁結び大作戦が今ここに幕開けしたのであった。