「そういえば、君。長年の疑問だったのだけど、どうして絵巻を描いているの?」
千迅が唐突に千歳に訊ねた。棚に戻しかけた書を手に。
「それ、私も長年謎だったの」
「え。自分でも分からないまま描いていたのか」
「ええ。でも最近になってようやく分かったのよ」
千歳は筆を置いて、ふと絵巻を撫でた。
「居場所を作りたかったのよね」
「居場所?」
千歳は頷き返し、続けた。
「絵巻は誰かに見てもらわないと成立しない。誰かが開いて初めて物語が始まる。誰でも手に取ってじっくり楽しめる。どんな時も。誰にだって楽しんでもらいたい。」
静かな時、言葉がしっとりと彼女から彼へ運ばれていく。
その言葉のひとつひとつを、千迅はしっかりと受け留めている。
「どこにも居場所がないって感じてる人に、届けたいのよ。こっちにおいでって」
「君らしい」
ふと千迅が笑みをこぼした。
千歳は嬉しそうに微笑み返している。
「人には言葉にできない感情や想いがある。それを、この絵巻を通じて私らしく伝えていけたらいいなって思ってるの」
「そうしたら、きっとそれを見て味わう人々も安心するだろうね」
「ええ。そういう存在であれたら嬉しい」
彼女の祈りを彼は穏やかに心の中で受け留めて、静かに頷いた。
「そんなに深い想いがあったなんて、私は自分が恥ずかしいよ」
「え。どうして?あなたが恥ずかしく思う必要はないわ。これっぽっちも」
「君がそう思ってくれてるならまだ救いはある」
「……あなたがいてくれるから私は日々いろいろ思いつくこともできるし、私の居場所があるって感じるの。居場所を作りたい人が、居場所がなかったら安心して描けないし、見てる人も安心できないでしょ。だから、あなたはそのままで十分」
「いつも君はそうやって真っ直ぐに言ってくれるね。これじゃ、君を惑わそうって気になれないよ」
「まあ……!惑わすつもりだったの?」
「ちょっとだけ」
ふふふ、そう悪戯ぽい笑みを浮かべた。
「君は全然怠けないし、あまり休もうとはしないじゃないか」
「だからあなたがここにいるのかもね」
そう、ここが私の居場所でもある。
君が必要としてくれてる、そんな日々が続く限り、いつまでも。
それがきっと私らしさだと、千迅は実感していた。