いつも完全無欠(に見える)あなたが、珍しく感情をあらわにする時。
ああ、この人も人間だった(過去がある)といまさらながら実感してしまう。
「あなたにその気がなくとも、男の前でそう無防備に振舞うことは感心しない」
内側が不完全だと、自分でも未熟者でそう思うと度々漏らしていたことは、白菊の知るところでもあった。
彼女自身、そう上から彼を見る気は毛頭なかった。己もできた者だとは思っていなかった故だ。
しかし、まあどことなく、彼の幼さは心のどこかでいつでも感じていたし、それは彼女にとっては、彼の魅力のひとつとして映っていたのだ。
それがいつしか、一種の子ども扱いのようになってしまっていたことは、彼女には全く気付かぬことで。
「ごめんなさい、はしたなかったかしら」
「あなたがというか、あなたが私をそのように見ていないことは分かったが、少し許せないな」
彼は不機嫌だ。もう全く一言それに尽きる。
「あなたのことはちゃんと男の方として見ています。意識していないわけでは……」
「ああ、なんだか、こういうところが子供に見えてしまうのだろう。千迅がここにいたらそう言うに違いない」
「そういうところがあなたの魅力であると、隣の千歳が付け足すのだわ」
ふふふ、と笑みを浮かべる彼女に、彼は少しム、とした。
「あなたは楽しんでそう言うが。それはほんとうに千歳の言葉なのかな」
「まあ……わたしの気持ちでもありますが、そうしたらまた神峯さま、不機嫌になってしまうと思って」
「気持ちを隠される方がもっと不愉快になる。私の前では素直でいてほしい」
「ええ。分かりました。これ以上、あなたさまのしかめっ面は……ふふ」
「ああ、また笑ったな、もう許さぬ」
彼女の手を引っ張り、どこへ連れて行こうというのか、振り向き様。
戯れのつもりか、彼女の整えられた髪をぐしゃぐしゃにしてしまう。
「まあ!やりましたわね。お返しです」
姫と言えどもかなりおてんばな彼女の手は容赦なく彼の髪をひっつかみ、ぐしゃっとボサボサ髪にしてしまった。
「いたた、やめい。髪が抜ける」
「あなたの背が高いのが悪いのです。もっとかがんでくださいませ。私のために」
「そうしたらおぬし、私の髪をもっと目も当てられぬ様にするだろ。やめろというに」
「先に私の自慢の御髪を台無しにしたのはあなたです。さあ観念なさって」
弾けるような笑い声と、どたどたと男女の戯れにしては子供っぽい音。
今はそれでよいかもしれぬと、高らかな秋空がそれを物語っていた。