審判の時

審判の時

「わたしが唯一大切にしていることを」

女の言葉はそこで止まる。一瞬の時と、鋭い視線。

男は慣れた罪悪を後ろめたさを、心にひしひしと感じながら。

その時を待っていた

「わたしはね、”ありがとう”と”ごめんなさい”が言える人じゃなきゃ信用しないようにしてるの」

男は押し黙る。過去の彼女への仕打ちを今更ながらどろどろと心の奥底でたまっていた泥のように溜めていた感情と共に。

「そりゃ生きてきた背景が違うから、できないこともあるだろうけど。私が選ぶのはあなたじゃない。私が選ぶのは、基本的な言葉を伝えられる、そういう温かみのあるひとよ」

「そうですか。残念ですよ。あなたなら、何も言わずとも分かってくれると、またあの頃のように」

「自分を押し殺して?冗談じゃないわ。自分の心が泣いて偽ってまであなたと共に在りたいなんて誰が思う?もうあの時の私じゃない」

男は返す言葉もなかった。それほどのことをしたという自覚はあったためだ。

「あなたが選んだのは、わたしじゃなかった。一心に愛していたわたしが可哀そうでならない。私が一方的に愛していたから、自分のせいじゃない。愛してくれなんて頼んでいない、ってあなたはそう思っているだろうけど。そんな風に思っているかと思うと悔しかった。そんなわたしに、あなたは一言の謝りもない。そんなひとが大成したって、なんの感情もわかない」

男は女の言うことは最もだと感じていた。が、他の誰でもない彼女のためにしてきたことだというに今更ながら伝わりそうもないのだ。一時他の女に心を寄せていたことは事実とはいえ。ここまでだとは。

これでは軍師の名折れだ。彼はそう痛感している。

「狡い人。まさしくあなたはわたしを利用した。でもそんなことはもうどうでもいいわ。さすが軍師といったところよ。わたしも未熟だったし。ただわたしがあなたに望むことはひとつだけ」

男は耳を傾けているだけだ。真っ直ぐ過ぎる女の瞳は見れない。

「あなたが次に選ぶ人を泣かせないで」

弾けるように見上げた男の目の前には。

もうその女の姿はなかった。

ああ。自分のした選択を。過ちを。

どうにか埋められるものではなかった。

ただ、後悔だけが渦巻き。

新しい、彼女が言う”温かみのあるひと”とやらの者のいる所で

幸せになっているのだろう。本当に惜しいことをしたと。

彼女の幸せを願うこともできずにいるところを見るに、

男は最期まで、彼女を愛することはできなかった。

それが全ての答えだった。