
「昨日、とっても興味深い夢を見たの」
ある時、千歳が筆を止めて隣の千迅に声をかけた。
「へえ。どんな夢?」
彼は興味津々といった様子で机に肘をつきながら身を乗り出した。
「見たことない物語よ。わたし、実は……夢の中で寝過ごしてしまって」
「ふふ」
「あ、笑わないでよ。私だって寝過ごすことくらい……まあいいわ。それでね、語り手の人は帰ってしまって、その物語は聞けなくなってしまったって思ったんだけど、実は。それを絵付きの物語として書き残している人がいて……」
彼女は手元の薄青の紙をさらりと撫でた。
「その物語は、最後の方しか覚えていないのが残念なのだけど。その最後を強く覚えているの」
愛しくその時を思い起こそうと。そしてそれは彼女の記憶に強烈に刻まれていて、忘れることなどない記憶の欠片として大事に保管されていくのだ。
そして、それはまた新たな物語として別の形に生まれ変わっていく。
「青い衣の男の人と、桃色の衣の女の人が、手を取り合って、屋根の上にいるの。屋根の下はなんだか騒がしくてがやがやしてる。その中に二人で飛び込んでいくの。これがひとつめのパターン」
「二つパターンがあるのかい?それは面白い」
「ええ。ここからが面白いのよ。もう一つは、男の人と女の人が抱き合って、女の人が赤ちゃんになってしまうの。”これで、他の男に見初められることはない”そういう理由で。男の人は反対に老人に変わってしまう」
「へえ……本当に聞いたことがない物語のようだ。とても面白いね」
「私が思うに……来世に持ち越したんだと思うわ。一つ目のパターンは、激動の世界でも一緒に。二つ目は来世に期待して。そして、その老人になった男の人は思い出すの。ああ。それで三年前か五年前に、桜の舞い散る場所で、あの首飾り。深紅の華がついた首飾りを作っていたんだって」
「そこでおしまい?」
「ええ。とっても不思議なお話でしょ。私も聞いたことない物語だわって起きた瞬間思ったの。でもこうして描いておけば……忘れない」
「それに、君が描けば、聞いたことのあるお話しになるね」
「ふふ。もしかしたらどこかにあるのかもしれないけど」
「どうかな。君が見た夢だ。きっと君だけに見せたかったんだよ」
優しく微笑む千迅に、千歳が嬉しそうに頷いた。
「だったらすごく嬉しいわ」
再び夜がめぐる頃。
今日も彼女はその続きが見れないかとわくわくして眠る。
その続きはきっと、彼女が描くが早いか夢で見るが早いか、その答えは誰にも分からない。