「楓、どこへ行くの?」
二人の背を撫でて、くるりと振り返る紺龍の瞳は、深い、海の底のような穏やかな静けさをもって、自身の主を愛しげに見つめていた。
「どこへでも。気の向くまま、風のまま。それが私だから」
「君は、私たちには姿を見せているけれど、本当に龍なのか、風の精霊なのか、興味があるね」
「どんな存在か、なんて、私にだって分からない。ただ、ここに在るだけ。それだけよ。あなたたちだって例外じゃない」
人と龍、古来から交わり、また交流を重ねてきた、人もまた、龍になり、空へ舞い上がる。
「きっと境界線はない。私たちも、彼女とも」
千歳は吹きすさぶ風を受けて髪を遊ばせ彼を見上げて微笑む。
「君の龍だからか、やっぱり似ているね。それに心も通じ合う」
千迅の瞳は、少し影を落としていた。それを楓が見逃さず答えた。
「妬いてるの?」
「まさか。ただ、まあ……そうかもしれない」
伏し目がちの彼に、千歳は手を重ねて励ました。
「彼なら大丈夫よ。きっとまたあなたの元へ現れる」
そんな主の様子に、楓は頭を揺らして笑った。
「私の主は相変わらずね。まあ、きっと両方ね」
「どういうこと?」
千歳は目を瞬き、千迅を見上げた。
「いや、まあ、両方とだけ」
ふふふ、と不敵な笑みを浮かべていた楓に、何も気づかない千歳は少し不満気だった。
そんな二つの存在を、彼もまた愛しく見守っていた。