
柱に身を預けて、幼い君はそこに立っていた。
私が姿を見せると、途端に駆け寄ってくる。
「今までどこにいたの」
「ちょっとね。留守にしてすまなかった」
「ひどいわ。ずっと待ってたのに。呼びかけにも応じてくれないで」
「君は私がいなくても平気かと思ったんだ」
青年は笑いながら少女に目線を合わせて腰を落ち着けた。
「それに……私はお飾りなだけの存在でも、それなりに役目があるのさ」
男は晴れやかに笑う。その様子に少女が不服そうに声を荒げた。
「そんなこと言わないで。私は嫌よ。あなたのそういうところ」
「あれ、嫌わないで欲しいな。君には好かれていたい」
「好きよ。ずっと好き」
涙声を震わせて、胸に抱く巻物に力を込める
それに男は視線を落とした。
「泣いてる君を放っておくなんて私は本当にひどい男だ。いや、人として」
「いいの。慣れてるから。だって、前からそうだったもの。龍族の中でも下の方。何の力もない、私が泣いてたって誰も気にとめない。たとえ繋がりがあっても、知らんぷり」
「ダメだよ。君が泣いているのに放っておくなんて。私が目の前にいたら絶対に君を泣かせた相手をぶちのめすか、君を抱きしめる」
少女は困ったように笑みを浮かべていた。
「あなたみたいな龍が傍らにいてくれたら良かった。あなたは人だけど」
「人でも龍でも関係ないさ。私たちは孤独なところがよく似てる。それに今もこうして君に寄り添える」
青年は、真剣な眼差しで彼女を再び見た。
「本当に悪かった。君に寂しい思いをさせて」
「いいの。でもあなたと繋がれなくなったら寂しいわ。我が儘に聞こえるでしょうけど」
「まさか。嬉しいよ。君にそう言ってもらえて」
少女の手のひらを包む。もう片方の少女の手にはしっかりと絵巻が抱かれている。
まだ小さな手におさまりきらない、ゆえに袖がそれを支えていた。
「こうしていたら、片手でしかそれを扱えない。それでも手をふりほどかないのは私が甘えているからか」
「片手だって使えるわ。それにあなたの手から感じるもの。あなたの気。それが養分になって……こう……」
少女はしどろもどろに、まだ言葉をうまく扱えない。
「だけど、今日の気はちょっと乱れてる。……何かあったの」
少女の呟くような一言に、青年は少し思案していた。
「君に話すほどのことじゃない。ちょっとしたいざこざ。おさめるのに疲れた。ただそれだけさ」
「そう……」
多くは語らない。青年の背にのしかかる重責は、少女には計り知れない。
それでも、と彼女は瞳をあげた。
「私も龍のはしくれだもの。何かできることがあったら……」
「はしくれ?まさか、君は若龍さ。立派な。そのままでいい。君はここにいてくれ」
そうしていつも姿を見せてくれたらそれで十分だと、彼は頷いた。
「さて、お疲れの私に何か慰めの物語でも聞かせてくれないか」
いつもの調子で話しかける青年に、少女は少し考えていたが、しばらくして頷いた。
「いいわ。若殿様が、孤独の末疑心暗鬼になり、家臣を次々手打ちにするお話し」
「はっはは、笑えないな。それは」
「あなたは孤独じゃないしよくやってるってこと。本当のお飾りがどういうことかも、このお話しを聞けば分かるはずよ」
青年は立ち上がり、少女の手を繋いだまま歩き出す。
「ありがとう。だけど、もっと明るい話がいいよ」
「じゃあ、それぞれ孤独な戦士たちが寄り集まって、お姫様を助けるために大活躍するお話しは?」
「それだ。冒険活劇。まさに今夜にぴったりのお伽噺だね」
「ふふ。でしょう」
暖かい布団にいそいそとくるまり、青年と少女はにこにこと笑みを浮かべて。
寒い夜でも、心身共にあたたかく過ごせることは何にも代えがたい喜びであった。
孤独な二つ星の、めぐる夜のお話に添えて。
