心にそっと

心にそっと

「何を考えているの?」

千歳は千迅の穏やかな横顔を見つめて訊ねた。瞼を閉じると睫毛の長い、まだ幼さを思い出させるような少年のような顔で、落ち着いている。

「そうだね……まあ、いろいろ思いをめぐらせている。今までのこと、これからのこと」

「そう」

千歳はその言葉だけで十分だと言う様子で、ただじっと彼を眺めた。

普段大人びた様子で、心やすらかな時は、幼いころを思い出すように無防備で、そんな千迅を千歳は日々愛しく感じている。

なんてことはない日常の一枚をただ愛しく。

「あ。またいい絵が思いついた」

と、落ち着いていたのも束の間。千歳がその場から動こうとしたが、隣の男がそれを静止させる。

「だ、ちょっと待って。今はこのまま……いや、でもまあ君の邪魔はしたくないけど……」

「早く描かないと忘れるわ」

肩を揺らして千迅を促す千歳だったが、彼はそれにされるがままにゆらゆらとどまっている。

「嘘だね、君は三枚くらい頭の中で覚えていられるだろ。その証拠にこの前下絵を一度に三枚描き上げたじゃないか」

「あれは先に小さくメモをためておいたから描けたのよ。後からしっかり描けるように……」

「後からあそこまで描けるなら記憶してるのと一緒だ」

「まあまあ。ほら、そろそろ」

「うーむ……」

それでもなかなかその場から動こうとしない千迅であった。

千歳は仕方ないという風に息を吐き、懐から留帳と筆を取り出した。

「あ、持ってるじゃないか」

「絵師の必需品。だけど、本当はすぐ描き起こした方が鮮度が違うのよ」

「鮮度って。魚じゃないんだから」

千迅はくつくつ笑いながら、彼女の手元から描き出される線を目で追っている。

そう、きっと求めていたのは、ひとときの中にある面白さ。

千歳はそれを感じながら、新たな方向へと筆を進めていた。