「ああ、だめだ。こんなんじゃ」
グシャグシャと紙を丸めてポイと投げ捨てた。
それを千歳がすかさず拾い上げる。
「だめじゃないわ。とってもいい」
「いいや。やっぱり私には向いてないよ」
「そんなことない、あなたの絵は素晴らしいわ」
「ありがとう。でも、君に言われてもな」
「あら、どうして?」
「得意なことと、やりたいことは違うんだ。その点君が羨ましいんだよ。得意でやりたいことをやれてる」
「うーん……私だってやりたいことをやってても悩む時もあるわ。今のあなたみたいに」
「そうかな。私は根本的に何か違う気がするんだ。君の悩みとは違う。何かが……」
千迅は自身の筆を置いて、黙ってしまう。
千歳はどう声をかけたものかと迷っている。
「やあ。進んでいるかな君たち」
「千月先生。おはようございます」
「おはよう。さて、君たちに文が届いていたよ。瑞八ヶ池城の……」
「神峯殿から?」
「はは、そう。君たちあれからすっかり仲良くなったみたいだね」
千月が微笑みながら文を渡すと、千迅と千歳は胸を躍らせながらそれを開いた。
「ね、もしかして白菊さまとの縁談が決まったのかしら」
「まさか、あれからそんなに日が経ってないし……でもまあ、もしかしたらってことも。そしたらまた城に行けるな」
千迅が悪戯な笑みを浮かべると、千月が苦笑いして答えた。
「こらこら。そうしょっちゅうお城へお邪魔してはいけないよ」
「だってこの前はゆっくり下町を見る暇もなかったんですよ、先生が私たちに若君探しを押し付けたから」
「もう、千迅ったら。先生に失礼なこと……」
「はは。でもおかげで友達ができたんだろう?いい刺激になったみたいだし」
「それはまあ……同い年の友達ができたのは嬉しかったですけど。いい刺激になって描きまくってたのは千歳の方で。私はまだ何も……」
「千迅。焦りは禁物だ。ゆっくり育てる心意気でどんと構えていなさい。その先で、君が本当に求めるものに辿り着けるかもしれないのだから」
先生の温かい眼差しに、千迅は心の中のもやもやをどうしたものかと扱いきれずにいた。
ーーー
夜、灯りがちらちらと見えて、几帳に映る影が小さく動く。
「ね、千迅。もし神峯さまと白菊さまがご結婚なさったら、私たちも城へ呼んでもらえるかしら」
「そうだなあ。文には近況報告で、姫さまのことは書いてなかったから、今すぐって感じじゃなさそうだけど、まあ、時間の問題さ」
「ふふ、楽しみね」
千歳は、満足気に布団に身体を沈めた。
千迅は彼女をちらと見て、
「君は誰かと結婚するって考えたことはある?」
「え、どうして」
「いや、なんとなく……」
「……」
沈黙が続き、不意に千歳が控えめに笑い声をたてた。
「ふふ」
「え、私、今変なこと聞いたかな」
「いいえ、千迅がそういうこと聞くの珍しいなと思って。……あんまり考えたことないけど、結婚するかどうかより、好きな人と一緒にいられるならそれだけで幸せなことだと思うわ。そう在れたらいいなと思ってる」
「ふーん……そうか」
千迅は心なしか嬉しそうに、布団に顔を埋めた。
