星の使いと風の君 4

神峯の元服を祝う宴は無事に済み、彼らは静かな広間に集まっていた。

神峯が興味を持ったのは、千歳が手にする絵巻物である。白菊も珍しいものには目がない様子で瞳を輝かせていた。

「面白い術を使うのだな。よしここはひとつ龍の首の玉など出してみよ」

「それができないんです。私的なことに使ってはいけない。そもそも、具現化できないのです。人のためになることに使わなければ」

「まあ……では、食べ物は?桜餅とか……」

「姫さまは桜餅がお好きですからねえ」

甘霧は呆れた様でいた。白菊姫は恥ずかしいそうに俯く。

「それもダメなんです。もし目的が元気づけるためだったら出せるかもしれないけれど……」

「そう……でも、人のために使えるってそんな素晴らしいことはないわ。すごいのね。千歳さんは」

千歳は伏し目がちに答えた。

「そんな……千歳でいいです、同じくらいの年ですし」

「あら、それなら敬語はやめましょうよ。あなたも」

白菊は千歳と千迅を交互に見た。

「そうだな、身分など些細なことだ。年上ならまた別だが。」

神峯がちらと甘霧を見た。甘霧はふいと顔を背ける。

「千迅も、その術を使えるのか?」

「あ、まあ……」

「千迅は技術習得が早かったのよね。でもなぜか術が解けるのが早くて」

「それが欠点てなもんで」

ははは、と笑う千迅に、神峯が満足気に頷く。

「技術習得はそう簡単にできるものではない。土台を固める必要がある。それを地道にすることで、もし術が破られたとしても基礎がしっかりとしていればそう簡単に崩れることはない。これからも励めよ」

「あ、ああ……」

千迅は少し気後れした様子で頷き返した。

彼としては本当にこれが自分の進む道なのか、まだ心の奥で惑っていたのだ。

もし、別の道があるのならーー

それを地道に続けることだって、苦にはならないはず。千迅はそう踏んでいた。

「そうだわ、神峯さまは元服なされたのだから、お嫁さんを迎えるのでしょう?それってもしかして……」

千歳がふふふと笑みをこぼして白菊を見た。

白菊は恥ずかしいそうに俯き、袖で顔を隠している。

神峯も少し照れくさそうに頬をかいていた。

「いや、まだ相手は決まっていないのでな。父上もそこは追々と……気になる者がいれば優先的に考えようとまで言ってくれたのだが」

「だったら迷うことはないわ。姫さまも、神峯さまのことを好いていらっしゃるならなおさら」

「それはいけませぬ」

甘霧がピシャリといい放つ。

「たとえ瑞八ヶ池城の若君であっても。姫さまにはたくさんのお婿さんの中から一番良い者を選ぶつもりだと、お殿様が」

「瑞八ヶ池城なら萩の池城と十分釣り合いは取れてると思うけどな。都守さまが書状を送ればすぐにでも縁談はまとまるにちがいない。最も、お互いが深く想い合っていてかつ、邪魔する者がいなければね」

千迅は微笑み、千歳も嬉しそうに手を合わせた。

「素敵だわ。この時代に愛し合って結ばれるなんて」

白菊姫はますます頬を紅潮させていたが、話題を変えようと千歳と千迅を見た。

「お二人のご関係は?」

「千歳が一番弟子で、私が二番目なんだ」

「そうなの。いつも一緒に修行してるのよ」

千迅の言葉に千歳が頷き、にこにこ笑みを浮かべている。

その様子を、千迅も満足気に見つめていた。

「千迅は二番目に弟子入りしたのか」

「ああ。私は親を戦で亡くして、それで先生に拾われたんだ。そこで千歳に会った」

「ふむ。そうか……君のように戦で親兄弟を失う者はまだまだ大勢いる。誰かに助けられなければそのまま飢え死にすることも少なくない。俺はそういう者たちもまるごと助けたい」

神峯の瞳は世の向こうがわを映していた。

誰もが幸せになれる世界。そんな理想郷を目指して。

「千歳、千迅。お前たちの存在がきっと誰かの希望になる。諦める必要などないのだと。だからよく励めよ。俺も、皆が安心して暮らせる世の中を作る。そのために俺は」

ふと、白菊姫が神峯の瞳を見た。

少し、心配そうに、またそんな彼を愛しく。

神峯が浜辺にいた理由、出歩いていたこと、

そして、元服し、代々引き継がれてきたその名を継ぐ瞬間。

偽名を捨てて、

彼の心はひとつに決まっていたのだ。

二人の帰り際、一陣の風が吹き、神峯の背に透明な輝きーーその片鱗が見えた。

「きっと良いお殿様になるわね。若君。姫さまも、そんな彼を支えて良き夫婦となっていくのね」

千歳が穏やかに呟くと、千迅も静かに頷いた。

「私たちも帰ってこのこと先生に話さなきゃ。その後たっくさん描きたいものがあるから、休んでられない」

「君ってば、一を聞いて十を知る、じゃないけどさ、一つ刺激を受けたら十も描けるなんて身体がいくつあっても足りないだろ」

「そうね、千迅の手も借りたいくらい」

「私は猫じゃないぞ」

ふふふ、と笑い合う二人の背にも、輝きの片鱗がひとつ、またひとつと。

その透き通った鱗に、二人はまだ気づいてはいない。