二人息を潜めて木陰に隠れる。
「隆峯さま」
青年に声をかけて近付いてきたのは、目を見張るような白い肌に涼やかな瞳の美しい娘であった。
「雛菊か。お前とこうして顔を合わせるのも今日限りだ」
「まあ……なぜ?」
「俺は……本当はその辺の侍なんかじゃない。実は……」
青年が言い淀み、娘はその様子を涼しく眺める。
「見つけましたぞ!」
ビクッと肩を揺らした、千迅と千歳。
しかし声をかけた相手は二人ではない。
声の主は、少年で、ずかずかと隆峯と雛菊の前に躍り出た。
「びっくりした、心臓飛び出るかと思ったわ」
「私もさ。なんなんだ、あの子は」
千迅と千歳は変わらず隠れて様子を伺う。
「まあ」
雛菊がとっさに袖で顔を隠した。
「姫さま!往生際が悪いですぞ!はよう城にお戻り下さいませ。このような場所に、このようなどこの馬の骨ともしらぬ男と……」
「「姫さま!?」」
ハッとして千歳と千迅がそれぞれ口元をおさえたがもう遅い。
隆峯が鋭い瞳で、問い質した。
「誰だそこにいるのは」
まずい、と二人は数秒固まっていたが、観念しておずおずと姿を現した。
「あの……私たちの口からで大変申し上げにくいのですが、神峯さま、ですよね?」
隆峯と名乗っていた青年はしばらく苦々しい顔をしていたが、やがてふうと息をつき、
「そうだが。お前たちは?」
「私たちは都守さまの友人の千月先生の弟子です。先生の代わりに城へ赴いたのですが、都守さまが神峯さまがいなくなったから探してくれと。なので私どもはこうして探しに参った次第で」
「そして、声をかけようとしたところで……」
千迅と千歳は娘と少年を見た。
娘は苦笑いをして、少年がその袖口をしかと掴んで逃すまいとしている
「そうか。ひとまず雛菊。嘘をついてすまなかった。俺はこの者らの言う通り、瑞八ヶ池城現城主、都守の嫡男。神峯という」
「いいえ、私も嘘をついておりましたもの……本当は雛菊ではなく、白菊と申します。萩の池城城主、夜霧の娘にございます」
神峯と白菊はお互いに見つめあい、言葉はいらないといった様子である。
少年はそれを見てやきもきした心地で、姫の袖を強く引っ張る。
「姫さま、帰りましょう、このような場所にいて、賊にでも襲われたら……」
「なに、そのようなものがいるのか」
神峯が興味をひかれたようで少年を見た。
「……いえ、もしいたらの話で」
「そのようなものがいればこの俺が手打ちにしてくれる。だから安心せい。……ええと」
「この者は、甘霧と申します」
「そうか、甘霧。恐れることはないぞ」
少年、甘霧は尚も苦々しい顔をして、晴れやかに笑う神峯を見上げていた。
「あの……神峯さま、私たちもそろそろ。都守さまが城でお待ちです。元服のお祝いで宴の席に本人がいないのも……」
「おお、そうであった。ちょうどいい。姫」
神峯が、じっと白菊を見据えた。
「もし良ければ、そなたも」
「ええ、神峯さまがお許しくださるなら」
またも二人の空間に、水を差すように甘霧が地団駄を踏む
「いけませぬーー!姫さま、お戻り下さいませ、この甘霧、姫さまを連れ帰るようにお殿様から仰せつかっておりますのに」
「なあ、ちょっと君」
甘霧の肩をとんと軽く叩き、千迅が声をかけた
「神峯さまと姫さまは、とても親しい仲のようだし、あまり邪魔をしては野暮ってものじゃないかな」
「うぐ……」
甘霧はさらに苦虫を噛み潰したような顔をした
「お姫さまがとられるようで寂しいのね。大丈夫。あなたのために新しいお話し相手を今から描きましょう」
千歳が懐から絵巻物を取り出し、さらさらとまた描き上げた
「え、またそれを使うのか?」
「大丈夫よ、これだって人助け……」
しかし、なぜか描き上げたところで、とたんに煙に消えてしまい。
神峯へと導いた、先ほどの龍のように実体化ができなくなっていた
「え、うまくいかないわ。どうして」
「あー……これはきっと、甘霧くんが一人で乗り越えるべき課題ということかな」
「あら……そうなのね。ごめんなさい、甘霧くん、力になれなくて」
「ひ、一人で……い、いいんです、どうせ僕は、僕は……一人で生きる運命なんですー!!」
わあっと泣き出して駆け出す彼を、呼び止めてなだめる頃にはもう既に夕刻を過ぎていた。
