星の使いと風の君 3

二人息を潜めて木陰に隠れる。

「隆峯さま」

青年に声をかけて近付いてきたのは、目を見張るような白い肌に涼やかな瞳の美しい娘であった。

「雛菊か。お前とこうして顔を合わせるのも今日限りだ」

「まあ……なぜ?」

「俺は……本当はその辺の侍なんかじゃない。実は……」

青年が言い淀み、娘はその様子を涼しく眺める。


「見つけましたぞ!」

ビクッと肩を揺らした、千迅と千歳。

しかし声をかけた相手は二人ではない。

声の主は、少年で、ずかずかと隆峯と雛菊の前に躍り出た。

「びっくりした、心臓飛び出るかと思ったわ」

「私もさ。なんなんだ、あの子は」

千迅と千歳は変わらず隠れて様子を伺う。

「まあ」

雛菊がとっさに袖で顔を隠した。

「姫さま!往生際が悪いですぞ!はよう城にお戻り下さいませ。このような場所に、このようなどこの馬の骨ともしらぬ男と……」

「「姫さま!?」」

ハッとして千歳と千迅がそれぞれ口元をおさえたがもう遅い。

隆峯が鋭い瞳で、問い質した。

「誰だそこにいるのは」

まずい、と二人は数秒固まっていたが、観念しておずおずと姿を現した。

「あの……私たちの口からで大変申し上げにくいのですが、神峯さま、ですよね?」

隆峯と名乗っていた青年はしばらく苦々しい顔をしていたが、やがてふうと息をつき、

「そうだが。お前たちは?」

「私たちは都守さまの友人の千月先生の弟子です。先生の代わりに城へ赴いたのですが、都守さまが神峯さまがいなくなったから探してくれと。なので私どもはこうして探しに参った次第で」

「そして、声をかけようとしたところで……」

千迅と千歳は娘と少年を見た。

娘は苦笑いをして、少年がその袖口をしかと掴んで逃すまいとしている

「そうか。ひとまず雛菊。嘘をついてすまなかった。俺はこの者らの言う通り、瑞八ヶ池城現城主、都守の嫡男。神峯という」

「いいえ、私も嘘をついておりましたもの……本当は雛菊ではなく、白菊と申します。萩の池城城主、夜霧の娘にございます」

神峯と白菊はお互いに見つめあい、言葉はいらないといった様子である。
少年はそれを見てやきもきした心地で、姫の袖を強く引っ張る。

「姫さま、帰りましょう、このような場所にいて、賊にでも襲われたら……」

「なに、そのようなものがいるのか」

神峯が興味をひかれたようで少年を見た。

「……いえ、もしいたらの話で」

「そのようなものがいればこの俺が手打ちにしてくれる。だから安心せい。……ええと」

「この者は、甘霧と申します」

「そうか、甘霧。恐れることはないぞ」

少年、甘霧は尚も苦々しい顔をして、晴れやかに笑う神峯を見上げていた。

「あの……神峯さま、私たちもそろそろ。都守さまが城でお待ちです。元服のお祝いで宴の席に本人がいないのも……」

「おお、そうであった。ちょうどいい。姫」

神峯が、じっと白菊を見据えた。

「もし良ければ、そなたも」

「ええ、神峯さまがお許しくださるなら」

またも二人の空間に、水を差すように甘霧が地団駄を踏む

「いけませぬーー!姫さま、お戻り下さいませ、この甘霧、姫さまを連れ帰るようにお殿様から仰せつかっておりますのに」

「なあ、ちょっと君」

甘霧の肩をとんと軽く叩き、千迅が声をかけた

「神峯さまと姫さまは、とても親しい仲のようだし、あまり邪魔をしては野暮ってものじゃないかな」

「うぐ……」

甘霧はさらに苦虫を噛み潰したような顔をした

「お姫さまがとられるようで寂しいのね。大丈夫。あなたのために新しいお話し相手を今から描きましょう」

千歳が懐から絵巻物を取り出し、さらさらとまた描き上げた

「え、またそれを使うのか?」

「大丈夫よ、これだって人助け……」

しかし、なぜか描き上げたところで、とたんに煙に消えてしまい。

神峯へと導いた、先ほどの龍のように実体化ができなくなっていた

「え、うまくいかないわ。どうして」

「あー……これはきっと、甘霧くんが一人で乗り越えるべき課題ということかな」

「あら……そうなのね。ごめんなさい、甘霧くん、力になれなくて」

「ひ、一人で……い、いいんです、どうせ僕は、僕は……一人で生きる運命なんですー!!」

わあっと泣き出して駆け出す彼を、呼び止めてなだめる頃にはもう既に夕刻を過ぎていた。