星の使いと風の君 1

愛しい道標をそっとおいていく。

後でいつでも見返せるようにと

君の居場所はいつもここに。


「よし、できた」

筆を置いた青年が、居住いを正して男に紙を手渡した。

「先生、どうでしょう」

「うむ。……んー……君はそうだな。筆は力強いが、少し、荒らさが目立つ。もう少し力を抜きなさい」

「はい」

青年は小さくため息をはいた。

男は師であろうか、座布団に腰かけて、笑みを浮かべている。

「さて。少し休憩にしよう。千歳もあまり熱中し過ぎないように」

娘がはっとして紙から目を離した。

「はい先生、でも……」

千歳はちらと書きかけの画を見た。

「ふふ、楽しいのだろうが、あまり根つめ過ぎると後に響く。細く長く続ける癖をつけなさい」

「はい」

娘は素直に頷く。

「さ、ほら。お茶を召し上がりなさい」

「ありがとうございます」

「いただきます」


静かに茶を飲み、寛ぐ三人であったが、突然青年が口を開く。

「先生、どうも私はこう地道に努力するのが向いてないみたいで……もっと自分に合うものに出会いたいのです」

「うん。それで?」

「それでって……ですからね、たまにはこう、修行から離れて町に繰り出したりとか」

「うん」

「華やかな町でこう、色んなものを見たら、なんかピーンとくるのではないかと」

「君は遊びに出掛けたいのかな」

「違います!私は真剣に……」

「真剣に聞いてるさ、遊びも大事だけど、千迅。自分に向いているかどうかは自分の心が答えを知ってる。それを知りたくば、今のやっていることに全力を注ぎなさい。君は画が上手い。もちろん千歳もね。だから、二人で励むのだ。いずれ答えが見つかる」

男の透き通った眼差しに、千迅はまだ何か言いたそうにしていた。

千歳はその様子をじっと見つめている。



ーーー



「あーー町へ出掛けたいな」

「ふふ、やっぱり遊びに行きたいんじゃない」

「違うさ。……でもまあ、ちょっぴりね」


千迅は照れくさそうに千歳を見上げた。

草原で千迅は寝転び、千歳はその隣にちょこんと座っている。


「そんなに町に行きたいなら、先生にお願いして連れて行ってもらう?」

「いや、ありゃだめだ。先生があそこまで真剣に諭してくるなら無理だよ。それより……黙って抜け出せないかな」

「うーん。そんなことしたら先生に怒られちゃうわ。1ヶ月外出禁止になったらもともこもなくなっちゃうじゃない?」

「今とそんなに変わらない気がする」


はーーと今度は大きなため息をはいた。


「なんかこう、町に行かざるをえない状況にならないかな」

「私は今ここで十分満足してるけど」

「君は欲が少ないからなあ。得だろうね。私もそういう魂でうまれてれば」

「あなたはあなたのままでそれが一番いいのよ。私たちはそれを学んでる」

千迅は今日何度目かのため息をはいた。


すると、するすると小さな龍が飛んできて、

「千歳さま、千迅さま、すぐお戻りください。千月さまがお呼びです」

「先生が?」

「なんだろう。行こう、千迅」

二人が急いで庵に戻ると、そこには数名の男がいた。

先生の向かい側に厳かな雰囲気をまといながら座っている。

「ああ、来たね。二人とも。こちらに座りなさい」

「先生、こちらの方々は……」


「瑞八ヶ池城現城主、都守さまの使いの者たちだ。千迅、君の願いが早速叶いそうだよ」


なんのことかと、千迅は千歳と顔を見合わせた。


「彼とは古くからの知り合いでね、この度、新しい城主として若君が継ぐことになったから、そのお祝いに、私を呼び寄せたいそうだ。だが、あいにく、私にはどうしても外せない用事がある。そこで、私の代わりに君たちに城へ行ってもらいたい」

「わ、私たちがですか!?……城に……」

「でも、場違いじゃないかしら、そんなおそれ多いところに私たちが出向くなんて」

「そう驚くことではない。君たちは世間で言えばもう元服を済ませた立派な大人だ。自信をもって行きなさい」

「は、はあ……」

「分かりました」

なんとも急な話に、自身の望みが叶ったといえど、千迅の心は落ち着かなかった。