
「千歳さま。日々のお務め、ご苦労様です。こちらをどうぞ」
綾女がふらりと現れ、何やら皿に白く丸い何かを持ってきたようだ。
千歳がそれをまじまじと見つめて訊ねた。
「ありがとう。これは何かしら?」
「先ほどのお務めにより、龍神界から贈られてきたものにございます。なんでもとても美味しいお饅頭だとか……」
綾女がごくり、と生唾を飲んだ。
千歳がそれを見て微笑む。
「あなたも一緒にどう?」
「い、いいえ、私めは何もしていませんので……」
しかし、彼女の瞳は爛々と輝き、その饅頭に興味津々の様子であった。
「あなたはよくやってくれてるわ。ほら、ひとくちだけでも」
「ああ!なんというお優しい誘惑!分かりました。この綾女、ひとくち……」
「あ、待って、半分にして……千迅の分も残しておかなきゃ」
半分だけを皿に、もう半分のひとくちをちぎって、綾女に差し出した。
「わ、私めがお先に!?いえいえ、まずは千歳さまからご賞味を」
「ふふふ、同時に食べましょう。……じゃあ、いただきます」
ぱくり、その饅頭を口にした。
ーーー
「千歳、今帰ったよ。聞いて、以前君が話してくれたあの夢のことなんだけど、、」
千迅が嬉々として屋敷の玄関から顔を出す。
すると、千歳がふらりと歩いてやってきた
「おっと!大丈夫かい?」
彼は千歳を受けとめて、彼女の顔を覗き込む
「ふふふ……」
彼女は、少し頬を赤らめてにこにこ笑みを浮かべていた
「え、ちょっと、どうしたの?随分機嫌が良さそうじゃないか」
「ふふ、そうなの、私はとっても、とーっても機嫌が良いの。あなたが帰ってきたから」
なんだかいつもの彼女ではない様子に、千迅はその周囲に視線を巡らした。
「千迅、ふふ」
「ん?なに」
生返事で千迅が聞き返すと、千歳がぴったりと彼の懐にすり寄ってきた。
「……っ!?」
声にならない驚きとともに、されるがままでいるしかなく。
彼の頬も彼女と同じ様になってきた頃、頭が一周回って、
「……これは、なんてごほうびかな」
などと、冷静になれるはずもなかった。
「今日の君はとても愛らしいね、いつもだけど、」
「ふふふ、やだ、そんなこと言われたって何も出ないわよ」
戯れにそのまま、寝所へと潜り込もうかという時、
彼の視界の端に綾女が床に転がっているのが見えた。
その近くの机の皿には、半分の白い、、
「あーー、まさか。これは酒饅頭かな」
千迅の頭が一気に覚めて、ふうと息を吐いた。
「これ、千迅のぶん。残しといたの。さあ、食べて」
「いいの?これ食べたら今日君をどうにかしちゃうかもしれないよ」
「どうにか、ってなに?ふふ、変なの」
千迅は大きな、非常に大きなため息をついた。
「まあね、私はこういうものには慣れてる方だから、どうせ食べても君ほどにはならないし、どうもしないけど」
ぱくり、と食べた千迅であったが、案の定何事もない。
「うん、美味しかったよ。ありがとう」
「うふふ、でしょう。良かった」
「おそらく君に贈られてきたものだろうに、私が食べても良かったの?」
「いいの、私がいいって言ってるんだから。千迅も一緒がいいに決まってるわ」
「君は優しいね。いつもそうだ」
「ふふふ、でしょう」
このようにして、その夜は、千迅は彼女を褒め、千歳は機嫌良く、を何度か繰り返した後、やっと彼女が床についたのである。
「明日が楽しみだ」
その無邪気な寝顔を見て、ふと笑う男の、多少はこの件に関して弄ってみようという少しの悪戯心を、翌日の千歳はまだ知らない。
きっとまた、頬を真っ赤にしてしまうのだろうと思うと、千迅にとってはこの上なく明日が楽しみなのであった。