
「君、前に千の灯を届けたいって言っていたけれど、それってこういう」
少年が、舞い散る紅葉に手をかざし、訊ねた。
「紅葉みたいに、そっと人の手に渡るようなもの?」
少女は、控えめながらも頷いた。
「ええ。できればそうしたいわ。でも、まだどうしたらいいか具体的には分からなくて……」
少女は心に思い描く。それをどう説明したものかと惑う。
それはずっと、彼が思うより悩んできたことだ。
「何かやってみたらどうかな、君がほんとにしたいこと」
「私がしたいこと?それがみんなのためになる?」
「ふふ、誰かのためじゃなく、自分のために。魂の声を聴くんだ。それが周りめぐってみんなのためになる」
少年は、少年というには大人びていて、訳知り顔で語りかける。
「あなたはもう何か見つけてるのね。じゃなきゃそんなに得意になって話さないもの」
「まさか、俺だってまだ見つかってないよ。ただ龍王さまが言ってたことをテキトーに思い出しただけさ。君のためになるような話を引っ張ってきただけ」
「まあ。龍王さまのお話しをてきとうに、だなんて」
少女はふふふと可愛らしく笑う。そしてどこまでも控えめだ。
そんな様子に、少年はますます嬉しそうな顔をして
「まあ、ひとの話は話半分に聞いておいて、後は自分の直感を信じるんだ。そうしてこれから俺たちは生きていかなければならない。自分の心が真実を知っているから」
「でも……もし迷ってしまったら?決められなくなってしまうわ。自分の判断に自信がもてなくなったら……」
「だったら、俺に聞けばいい。いつでも答えを教えよう。でも、君はそれでいいの?つまらなくないかい?自分で一生懸命考えて出した答えなら、きっと悔いはないはずだ。そっちの方が断然面白いだろ?」
少年は晴れやかな瞳で、少女を見つめた。
その瞳に、少女はなんとなく覚えがあった。
遠い遠い昔に、その同じ瞳を見た気がする。
「もし本当に自分にとっていい方を選びたいなら、心が楽になる方を選んでみなよ。軽やかに選べる方。心がスッとして、気軽な方を選べば、間違いはない。簡単だろ?」
「うーん。私にはまだ難しいかも。あなたみたいな自信家だったらいいんだけど」
「龍王さまには、無鉄砲だと笑われた」
「そうなの?ふふ。でもそういうのって憧れる。私にはできないことだもん」
「いつでも修行をほっぽり出して、外に抜け出すことをかい?まじめな君には無理だろうなあ。それとも二人で抜け出してみる?」
少年が少女の顔を覗き込む。彼女は目をそらし、
「まあ……だめよ、そんなこと。龍王さまに怒られちゃう」
「でも、君が見つけたいものが見つかるかもしれないよ。探しに行くのも悪くない」
うーんと唸りながら本気で悩み始めた彼女に、少しの罪悪感がわいた彼は、
「悪魔のささやきだったかな。君を悩ますつもりはないんだ。難しいことはしなくていい。必要なものは既に揃っているよ。きっと、そうなっていく」
「私……今はまだわからなくても、進み続けたいわ。何か見つけたい。確かなものを」
手をギュッと握りしめた少女の瞳が、少年には少し眩しくみえた。
彼女には確かにはっきりとある。自分にはない決定的な何かが。
そして、そんな自分に、胸の底でひりりとしたものを感じながら、
「君ならきっと見つかるよ」
少女はふと少年を見上げて、
「あなたも一緒に見つけましょう」
少女は少年の瞳の揺れを見逃さないのだ。
そんな彼女に、少年は少し気後れした胸の内をさとられまいとしたが、諦めた。
「もう見つかったかもしれない」
「え、早い。狡いわ。そんな抜け駆けなんて」
「人聞きの悪いことを言わないでくれよ、まだ確信はないんだ」
少年は笑いながら、不満そうな少女を眺めた。
そうして、あちらこちらに、走って、悩んで、また歩き。
たどり着いた先で、それまでの道筋すべてが必要なものだったと、あらためて気づく。
そこからまた全てがはじまり。
人々の心に灯していく星の光を。
