ある日の閃き

ある日の閃き

「千迅。ちょっといい?」

突然声をかけられ、誘われるままに隣に座した。

「見てて」

大胆に巻物を転がした千歳に、千迅はやや遅ればせながらそれを手に取った。

そして彼女はさらさらと描き出し、”あるモノ”を出現させた。

「これは……妖精かな」

「うふふ、これと呼ばれるのは良い気はしませんわ」

「え。ごめん、だけど、喋るのかい?」

千迅はその不思議な存在から千歳に目を向けた。

「そうみたいなの、なんだか面白いわよね」

千歳は屈託のない笑みを浮かべてそれを見上げていた。

「面白いというより……すごいな君は。いつの間にこんな術を」

「こうしたら楽しいかなと思って、気づいたらできてたの」

描けば出る。遠い昔に似たようなことをどこぞの誰かがしていた、

黒に近い紺の衣の、自分たちに非常に近くて遠い、その存在を。

果たしてそれは誰だったか、千迅はそれが思い出せそうで思い出せずにいたが


千歳の楽しそうな笑顔が目に映り。

まあいいかと、その記憶を辿るのをやめた。

「それで、君、名前は?」

「存じ上げません。主さまがつけてくださいまし」

その妖精だかなんだかよく分からない存在は、千歳をニコニコと見て言った。

「私が主なの?」

「はい。私を描いてくださった、あなたが主さまに相違ありません。ぜひお名前を」

「そ、そうなのね……ええ、と」

主などと呼ばれ慣れていない彼女に、千迅はくくと笑みをこぼす。

「……あやめ。綾女なんてどうかしら」

「まあ!素敵なお名前をどうもありがとう。大切にいたします」

綾女はひらひらと宙を舞い、喜びを体全体で表現しているようだ。


「君、それはどこから名付けたの?」

「昔好きだった物語の女主人公から……」

「そんなことだろうと思った」


再び千迅が笑い始め、千歳は少し面映ゆい表情をしていたが、つられて笑みをこぼした。