第四章 前世の君とわたし

ある一人の男がいた。

その男は、若くして山奥にて隠遁生活をしていた。

彼もそれなりの武家の出であったが、自身の気性には合わないと、ただそれだけの理由かどうかは定かではないが、長男でないことをいいことに、気ままな生活へとまっしぐらであった。

そんな彼の日々の慰みは、物書きである。

まだ見ぬ、理想の女と自分のあれやこれやを書き上げては、自分だけで楽しんでいた。


ある日、夢でその女が現れた。

龍としていつも共にいる夢だ。

彼女はいつも俺の心に添うように、笑ったり、話したり、とにかく楽しい時を、夢の中で過ごせるのだ。

物書きよりも、夢の中で生きたいと願うようになっていた男は、いっそ……と、思いとどまりもして、書き続けている。

そのうちに、いつの日か、彼の書くものが世間に認められ始めた。誰がいつどのように広めたか、男にはよく分からないが、彼にとってはそこはあまり重要ではなかった。

たとえ、若くして隠居生活と変わらぬ生活をする変わり者から、才能ある者であったともてはやされたとしても。

彼の心は真の意味では満たされない。

ある時、夢の中で女が言うことには、

「あなたの住む家の近くの池に来てほしいの。理由は聞かないでどうかお願い」

「いいとも。君が望むなら」

目を覚ました男は、そこに行けば彼女に逢えるのだと、勝手ながら胸を高鳴らせていた。

しかし、池には誰も来ない。

日が暮れて、もう帰ろうかという時、

「遅れてしまってごめんなさい」

夢中で何度も聞いた、女の透き通った声が男の耳を撫でる。

「あなたの作品は素晴らしいわ。書いてくれてありがとう。これからも書き続けてくれたら嬉しい」

「君が傍らにいてくれるなら」

女は男の言う通り、彼の傍らにいて一生を添い遂げた。

無論、男は生涯その女だけを愛した。

池に女が来るのが遅れた理由は、彼女の世界では反対されていたためだと後から分かったことであった。遅くまで待っていた男の忍耐が、彼女の活路を切り開いていたことも。

君が望むなら、信じて愛し抜き、創り続けよう。