第一章 龍の姫君(其の弐)

「まあ、よくいらっしゃいました」

千歳と千迅を快く迎え入れた姫君、白菊は、すっきりとした所作でお茶をいれている。

彼女は姫と言えども、このような姫君らしからぬ行儀が悪いと言われるようなことまでしてしまうのだ。そのことはこの屋敷の者はもちろん、千歳や千迅も何も気にすることはなかった。

それほど、彼女は親しみやすい女主といえる。

「白菊さま。こちらの小包をどうぞ。龍王さまからの御届け物です」

「あら、それはどうもありがとう」

彼女は、小包を脇に移動させる。

「あれ、ここで開けないのですか?」

千迅は、小包の中身が気になっていたようだ。

「ええ。お客さんがいらしているのに、すぐに開けるようなことは……その、ね」

「へえ。そんな、自分でお茶をいれるお姫様なのに?」

「ちょっと千迅。失礼よ。ごめんなさい。白菊さま」

「いいえ、構わないわ。それよりも……いいえ。何でもないわ」

白菊は、物憂げな顔をしてじれったく口をつぐむ。

千歳と千迅は顔を見合わせた。

何か言いたげな彼女に千歳は、声をかけた。

「姫さま、何か気になることでも……」

「分かるかしら!?顔に出てる?恥ずかしい……」

姫は両手で頬を包み、うっすらと紅潮した顔を見せた。

「こういうことを言うのははしたないでしょうし、ダメなことだと分かっているのだけど。どうにも私だけの心の中にしまっておくには、苦しくて……」

「ああーーもしかして、これ」

ひらひらと落ちてきた文を手に取った千迅が、躊躇いなく広げた。

「いやだ!!いつの間に!」

間髪入れずに取り返す姫君は、文で顔を覆う。千迅が容赦なく追い打ちをかけた。

「姫さま、あの山の若様に恋してるんでしょ」

「どうして!?知ってるのかしら」

「そりゃこっちの龍神界ですら噂になってますよ」

「まあ本当なの?」

姫は、千歳を見て訊ねた。千歳は気まずそうに答える。

「ええ、まあ……でも素敵なことだわ。若様とお会いになったことは?」

「そうしたいのだけど……そうしたくないというか……。今まで文ばかりでいざお会いするとなったら変なことを言ってしまわないかとか」

期待と不安が入り混じった姫の様子に、千歳は興味津々といった風で耳を傾けていたが、千迅は若干面倒……呆れ顔をしていた。

「あれこれ心配するより、思いきって会ってしまった方が案外うまくいくのでは」

「千迅の言う通りですよ。文を交わしていたならきっと会った時も、同じように楽しい時を過ごせるはずだわ」

「そうかしら……そうであったらいいのだけど……」

そこへ、もたもたした雰囲気をかき消すように、侍女が急いでやってきた。

「姫さま!大変です。瑞八ヶ岳の神峯さまがお越しです」



迷っていても、考え過ぎていても。動くときには動くその時が。

後戻りできない背中を押されたその時が、君が動くべきその瞬間。