死ぬということについて、以前自分が死に対してどういう考えを持っていたのか、それが今の自分にとってどんなに間違いな考えであったかを思い知ったこと

死ぬということについて、以前自分が死に対してどういう考えを持っていたのか、それが今の自分にとってどんなに間違いな考えであったかを思い知ったこと

龍紺絵巻の管理人、今泉千歳です。

『神に愛された人は早く亡くなってしまう』

こういう話を誰しも聞いたことがあると思います。

私は、このことをずっと信じていました。

お役目が早く終わって天に召される。だから早く死ぬのは幸せなんだ、と思っていたのです。

早く死ぬのは幸せという考え、今の私は絶対にそれは違うと断言できます。

今日は、自分の考えの変化についてここに書き記しておこうと思います。

※今回のお話は人によってはとてもデリケートな内容となっておりますので、閲覧は自己責任でお願いいたします。

 

いなくなるのが幸せと信じていた

私は、暗黒闇時代の2016年、ずーーーと苦しくて何のために生きているのか分からないくらい苦しかったのです。

周囲の皆は普通に生活してる。でも自分は目標もなくただ毎日ギリギリで生きているだけ。いつも鬱々としていました。

精神的な余裕が全くなかった。

 

そんな時、一番に信じていたのが、「死ぬことが一番の幸せなんだ」ということ。

自分がいなくなってしまえば、この苦しい人生ゲームから退けられる、天国で今よりもっと楽しくやれる。

そう信じてやまなかったのです。だから死について抵抗がなく、いついなくなってもいいなんて考えていました。

 

今考えると相当不謹慎なことを考えていたと思います。

これってつまり、自分の命を大事に思っていなかったということ。

 

人の命は大事だと、表向きそういう態度でいたのにも関わらず、自分の命を軽視していた。

 

それってものすごい変で矛盾してますよね(;╹◡╹)

我ながら本当に馬鹿な考え方していたと思います。

 

そんな私が、今2020年になってから、どう考えているのかというと…

 

帰るだけ

死ぬことは、魂的な故郷へ帰ることなんじゃないかなと思っています。何となく!

死が幸せなこと、ではなく、今生きていて幸せを感じられる、それこそ本当の幸せ。

 

以前は「天国の方が楽しいのは絶対だ!」と私はいなくなったこともないのに信じ切っていました。

確かに魂的な故郷ではその幸せがいつも感じられる。

 

でも、いつも幸せで満ち足りていて、それがずーと続くと想像してみてください。

いつでも満ち足りているので、悲しみも苦しみも感じない。

 

悲しみや苦しみがあるからこそ、幸せがやってきた時にものすごく嬉しいとか楽しいとかポジティブな気分を味わえるのです。

 

地球に生まれて、生きていなければ感じられないことです。

 

だから、

死ぬその時までの時間をもっと大切にしよう、

生きているという幸せ・喜びを感じていこうと決めました。

この考えにシフトチェンジしていくことを。

私は、2016年頑なに変えなかった考えを忘れていて、今日2020年に丸っきり変更したのです。

 

2018年頃から今ある幸せを感じられるようになり、目標が見つかった時でさえ、この考えを忘れていたのです。

変更のし忘れがあったといいますか…なんとも不思議なことですが、

 

今どうしてもうまくいかないことがあったので、それについて考えるうちに、

ふっと浮かんできたのがこういう古くなった考え方の手放しでした。

 

たぶんこのタイミングだからこそであり、

ここを腑に落ちてなかったからこそ、うまくいかなかったことがあったのだと今感じています。

 

そりゃそうです。自己肯定感上げようと自分を認めることを積極的に行ってきたはずなのに、死ぬことが幸せだって考えそのままにしていたんです。

忘れていただけなんですけどね(;╹◡╹)

 

何かうまくいかないと思ったら、自分の握りしめていた思い違いに気づくこと。

そうしてどんどん生きやすくなっていくのだと深く実感しています。