「三鈴さま、お客様がいらっしゃいました。紺龍一族の千歳さま、千迅さまです」
「こんにちは」
「はじめまして」
千歳と千迅の姿を見て、三鈴は瞳を輝かせた。
「はじめまして、あなたたちのお噂はよく聞いてるわ。天界の期待の星……とても素晴らしい作品を次々世に生み出しているお二人に会えて光栄だわ」
三鈴の暖かい出迎えに、千歳と千迅はなんだかこそばゆい気持ちになり、二人して照れ笑いを浮かべている。
「私たちも三鈴さんに会えて嬉しいです。かの有名な白龍一族の方にお会いできるなんて」
「まあ……お言葉は嬉しいけれど、それももう昔のことよ」
三鈴は伏し目がちで、語りはじめた。
「私の一族はもうこのまま再び栄えることなどないわ。それでも、最期まで、一族の誇りは失わないように在りたいものだけれど」
儚くも芯が強く、涼やかに笑う三鈴の瞳を見て、千歳は彼女の心の強さに感銘を受けていた。
「三鈴さん、その気高さこそ宝だわ。共に励みましょう」
「ええ。あなたにそう言ってもらえるととても心強いわ。ありがとう」
三鈴と千歳が見つめ合い、互いに手と手を取り合っていたが、三鈴がはたと何かに気づいた。
「……あら、そちらの方は?」
千歳と千迅の背後に隠れていた、朔夜がびくりと肩を揺らした。
「あ、そうだわ、こちらは私たちの古い友人の、」
「……朔夜という、よろしく頼む」
朔夜は目を大幅にそらしたまま、呟くように口を開いた。
「三鈴さん、すみません、彼は恥ずかしがり屋なもので」
「だ、誰が恥ずかしがり屋か」
朔夜の肩に手を置いた千迅の言に、朔夜は真っ赤になって抗議し始めたが、
「いいえ、構いませんわ。朔夜さま、どうぞよろしゅう」
三鈴の気さくな声掛けに、朔夜は彼女を見つめて頷き返すことしかできなかった。
ーーー
「せっかく来ていただいたのに大したものはお出しできないのだけれど……」
「あら、とってもいい香り。このお茶ってもしかして」
千歳が器から立ち上る湯気をかいでいると、三鈴が嬉しそうに頷いた。
「ふふ、ええ、そうよ。一族に代々伝わる茶葉を使っているの。病もすぐに退散するわ」
「さすが病気平癒の龍神さまね」
和気藹々と話す二人をよそに、朔夜が急に千迅に小声で話しかける。
「なあ、俺場違いじゃないか」
「どうしてそう思う」
「病気平癒どころか現れれば戦を引き起こすと言われている黒龍一族の俺がここにいていいはずがない」
「君の勇気はどこにいったんだ、さっきまであんなにやる気満々だったじゃないか」
「うっ……耳が痛いぞ」
「せっかくのチャンス、ちゃんと生かせよ。それでも男か」
「う”っ……追い討ちはやめろ。今どき男だ、女だなどと……」
「うじうじ言ってないで、ほら。千歳がどんどん三鈴さんと仲良くなってくぞ。ちなみに私も少し寂しいところだ」
「お前のことは聞いてない」
もそもそと話していたが、よし、と唐突に朔夜が立ち上がった
「三鈴さん、ちょっといいか」
「え、ええ、……」
急に声をかけられた三鈴が、遅れて返事をする。
その様子に構わず、襖を開けて、庭先を眺めた。
「その………散歩にでも」
「え、あ……はい、ええ。そうね、皆で……」
「いや、あなたに二人きりで話がある」
戸惑う三鈴に、朔夜は右手と右足が同時に出てその場を後にした。
部屋には千歳と千迅だけが残され、その瞬間、必死に笑いを堪えていた千迅が盛大に吹き出した。
「ふ、ふふ、あの様子じゃ夕方になっても気持ちを打ち明けられるかどうか」
「もう千迅ったら。朔夜だって頑張ってるのよ。笑うなんて酷いわ」
「だって、いつもはクールぶってるあの朔夜があんなに緊張してるの見てたらそら面白いさ」
しばらく千迅の笑い声が響き、千歳の呆れたため息とともに、静かな屋敷にこだましていた。
ーーー
「今は冬ですから雪の精霊たちが喜んでいて……庭先の雪を少なくしようとすると、彼らは怒るの。だから毎年、どうするか困ってしまって」
三鈴の世間話に、朔夜は聞き心地がよくなりつつも、頭を左右にふる。
「どうかしました?」
「三鈴さん、俺はその……、」
ええい、どうしたものかと、朔夜の心が逸るが、
「こ、黒龍に対してどう思っている?」
「黒龍……」
三鈴が少し思案した後、ふうと息をついた。
「彼らと我が白龍一族は同じ位にいるのに、どうしてか、黒龍一族ばかり矢面に立たされて、不憫な思いをしているのでしょう。そう思うと、ただ、お可哀想としか」
朔夜がふと笑って口を開く。
「あなたも千迅や千歳と同じことを言うのだな。彼らも、紺龍と黒龍で色はあまり変わらないじゃないかと言って……」
「まあ、そのようなことを?お二人らしいわ」
ふふ、と笑みを浮かべる彼女。
庭の池は氷が張っており、その小さな橋に二人は立って空を眺めていた。
「皆同じ龍なのだから、偏見などなくなればよいと、私もそう思います」
「ああ。全く。……だが、偏見を持たれてもいい。今ならそう思える」
「朔夜さま……?」
「愛する者に受け入れられてさえいれば、周りの声などどうでもよくなるものと、俺はそう思う」
朔夜の晴れやかな瞳に、三鈴はしばらく不思議そうにしていたが、穏やかに頷いた。
ーーー
「今日は楽しかったわ。ありがとう」
「こちらこそ」
朔夜と三鈴の随分と打ち解けた様子に、千迅と千歳は満足気にそれを見守っていた。
「朔夜さま」
「うん?」
急に三鈴が朔夜に近づき、耳打ちをした。
「理解あるお二人をどうか大事になさって。そして、あなたの心から愛する方のことも」
朔夜はあまりのことに、思考が一時停止し、はっとした頃には、もう彼女は、笑顔で手をふって門へと入ってしまっていた。
「なんだ、うまくいったんじゃないか。面白くない」
「ひとの恋路を面白がらないの。朔夜、良かったわね。三鈴さんと仲良くなれて……」
「ああ、いや、……彼女は勘違いしてる。俺に愛する者がいると」
「「え”っ……」」
「なんでそうなった、それは三鈴さんのことだとハッキリ言ったのか」
「い、言えるわけないだろ。咄嗟のことで……」
「あら……ま、まあ前より仲良くなれたから結果的には良かったわよ。きっと」
「いいや、こうなったら、今からもう一度三鈴さんに話してきなよ」
「いや、今日はもういい、それに俺は、先ほどから頭がぼーっとして……」
すると、朔夜が途端にばたっと倒れかかり、千迅と千歳は仰天した。
のぼせきった頭に、はらはらと粉雪が舞い始め、それが朔夜には心地好く感じられるほどであった。
