「おお、知らせを聞いて待っていたぞ」
「都守さま。この度は……」
「ああ、良い良い。そのような挨拶は聞き飽きた。二人とも。あやつの弟子だそうだな」
「はい」
「ふーむ、なるほど……面白い」
都守がじっと二人を眺めた。まるでその額にある何かを探るようにと。
千迅と千歳は顔を見合わせた。
「あの、若君さまは……見当たりませんが」
「おお。そうじゃな。うーむ。それなんじゃが」
都守がとたんに顔を曇らせて、深刻そうに項垂れた。
「もしかして、ご病気ですか?」
「まあ、たいへんだわ」
「いや、いやいや。そういうわけではないのだ。だがの……うーむ。まあ、いいじゃろ。実はな」
事情をとくとくと聞かされた二人は仰天した。
「若君が……」
「いらっしゃらない……」
「たまにあることなんじゃが、最近は頻繁に城を抜け出すようになっての。わしも困っておる。城は息が詰まると駄々をこねて……一人息子だからかワガママに育ててしまった」
大きなため息をつく都守だが、千迅は逆に興味を駆り立てられていた。
「若君さまの居場所に心当たりは?」
「うーむ。それが全く。しかし、そこでほれ、君たちの出番じゃ。本当は千月に頼むつもりだったんじゃが、年の頃も神峯と近い君たちならば、探し見つけてくれるものと」
「うわ、先生はそれを見越して私たちに押し付けたのか」
「ちょっと千迅、殿様の前で失礼よ」
「いやいやいや、ほんに騙し討ちのような形になってしまい、申し訳ないと思うておる。だが、ここはひとつ、頼まれてくれんか」
都守の必死の申し出に、千迅と千歳は恐れ多く戸惑いもあったが、引き受けた。
ーーー
「かんみね、神峯、ね……今時変わった名だな。神職にでもついてそうな」
「確かにあんまり聞かない名前だわ。神々しい感じがする」
「しかし殿様を困らせるくらいの道楽者だろう。どんな顔か見てみたいな」
「でも、どうやって探せばいいのかしら……殿様は、神峯さまは亡くなったお母上の形見の印籠を肌身離さず持ってるから、それを手がかりに、と言われていたけど……」
「印籠……”これが目に入らぬか!”と、下町に繰り出して強きを挫き、弱きを助けてるってとこかな」
「ふふふ。だったら、何か騒ぎになってる場所にいけば、神峯さまも見つかるかも」
「それだ!千歳、君は頭がいいね」
「ふふ、神峯さまが本当に悪者退治をしてればの話だけどね」
二人は早速、町の人通りが多い場所へと向かっていく。
しかし、どこへ行こうにも若君が現れそうな騒ぎはなく、町の者に聞こうにも他にこれといって手がかりもない、という状態であった。
「うーん……どうしたものか」
「そうだわ、これを使いましょう」
千歳が懐から絵巻物を取り出す。
「ええ!使っていいのかい?これは私的なことに術を使わない約束で先生から託されたものだろう?」
「でも、殿様が困っていらっしゃるんですもの。それを助けるためなら今こそ使う時だわ」
「まあ……そうか、確かに」
千歳がさらさらと絵巻に描き出したのは、
小さな桜貝のような鱗をした龍。
「あなた、神峯さまはどこにいるか分かる?」
千歳が龍に話しかけると、たちまち龍は頷き返し、するすると空間を泳いでいった。
二人はそれを慌てて追いかける。
「君、どうして桜色の龍を?」
「神峯さまのことを考えて描いてたらなんとなく浮かんできたの。彼と縁の深い龍なのかもしれないわ」
町からだいぶ離れた海岸沿いで、龍がピタッと止まり、二人も続けて足を止めた。
砂浜近くにポツンとある茶屋に、長い黒髪を束ね、青色の小袖に黒袴の青年の姿があった。
切れ長の瞳、凛々しい顔立ちはいかにも二人が探していた人物そのもののように思えた。
「あの雰囲気はまさしく若君って感じね」
「それにしても、どうしてこんなところにいるんだろう。波の音しかしないのに」
青年はただ、波のせせらぎに耳を傾けて茶をすすっていた。その瞳には、少しの愁いさえ感じる。
「よし、話しかけてみよう」
「ちょっと待って、誰か来る」
