
風が吹きすさぶ夜、羽織をそれに遊ばせて男がふうと息を吐いた。
急に寒くなってきたと、身体を震わせた時、背後に彼女が現れた。
「寒そうね、屋内に入ったら?」
「ああ……うん」
いつもの彼と違った様子を、千珠は不思議そうにじっと見つめた。
「あなた、千風くんなの?」
彼は、少し黙っていたが、二度頷いた。
「そうだけど、君にとっては変だよね。今日起きたら前の自分と全く違う感覚に代わってしまったみたいだ。今まで靄がかかっていたものが急にひらけたように」
「変じゃないわ。きっと今のあなたに必要だから起こっているのよ。むしろ私が今までと同じだと思っていたのがおかしいのかも」
「君はおかしくないよ。変化を目の当たりにして戸惑わない方が変だ」
千珠は、はっとして彼から離れた。
「ごめんなさい、今までと変わってるなら、今までと同じ距離感じゃだめよね」
「え、いや……君なら傍らにいてくれた方が」
差し出した手をどうしたものかと、千風がとっさに引っ込めた。
「嫌いなやつになれなれしくされるのは最悪だけど、君は居心地の良い感じがするから」
「あなた……すごい素直ね」
千珠は瞳を瞬いている。
「前と比べて?」
「え、ええ。あなたはなかなか本心を見せなかったもの」
「そうか、確かに、俺はのらりくらりとしているから」
千風は爽やかに笑みを浮かべた。
対して千珠は、少し考えたのち穏やかに口を開いた。
「だからこそ、本心を出したくなったのかもしれないわね。でもあなたが感じたことが一番」
少し開いた二人の間に、ひそやかな風が通る。
「あなたの心にしたがって。それがあなたの道だから」
あれから心を癒してきた千珠の、新しい風に向けた真の言葉であった。