
「負けたわ。探偵さん」
それまで張り詰めた空気感を纏っていた彼女が、ふっと息を吐いた。
長い永い、戦いを繰り広げていた日々を思い起こして、瞳を閉じる。
最初から知恵で彼に勝とうなんて無謀だったのだ。
彼女の心には諦めと、勝ち負けにこだわっていたのだという今さらの自覚が芽生えていた。
「もう戦うのはやめる」
カツン、と投げ捨てた短い切っ先を後目に男は女を見上げた。
「あなたはそれで満足ですか」
「あなたはこれで満足?」
お互いに、瞳を探り合っていた。
もうこれで最後かもわからない、それを何度も繰り返し繰り返し……
「私は……そうですね。私には分からない」
女は少し苦々しい表情をしている。
彼女自身も分からなかったからだ。妙に同じ気持ちであったことが、赦せない心がまだどこかにあった。
「あなたが頑なであればあるほど、それを暴きたくて仕方がない」
久方ぶりに聞いた彼の声音に、心が締め付けられる。
それほど、もう最初のふたりには戻れない
「あなたは一体私のなんなんだ」
「さあ。それを考えるのがあなたの仕事でしょう」
彼女の鋭い瞳から、もう以前の甘い瞳は見る影もなかった。
それに彼の心も締め付けられる思いであったかは定かではない。
「全くもって、そうですね。あなたに言われると腹立たしい」
「あなた負けず嫌いだものね。穏やかなふりをして。じゃなきゃここまでやりあってないわ。今まで」
かつて二匹の龍が永い争いを繰り広げていたように。
そして、いつしかそれは終わりを告げる。二匹の伏龍。
「でも、安心して。もう何も残ってはいないし。あなたは残り物で好きにすればいい。もうどれほど登れるか分からないけれどね。今のそれで」
「やはり残念ですよ。あなたとなら、かたちを変えて昇っていけると思った」
「残念ながら、私はそんなことを求めていなかったの。お互いに。相手に求めることが違うとこういう悲劇を招くのよ」
お互いに平行線なのだ。いつまでも変わらない。
変わったのは、彼女が刃を下げてからだった。
途端に男はどうすればいいのか分からない。なんのために戦っていたのかも
「あなたは、先ほど、何も残ってはいないとおっしゃっていましたが」
男はじっと彼女を見る。
「嘘ですね。あなたの瞳にはまだ何か残っている。そういう気がしてならない。まだ何か持っていますね」
腕組みをしている彼女は、柱にもたれかかっていた。
その背中に、確かに。
その胸の奥に、小さな灯りを確かに感じていたのは彼女自身だ。だからこそ捨てられる。今までの争いを。
これを明け渡さないからこそ生きていける。もうあなたには奪えない何かを。
「さて、どうかしら」
暴かれたとて、もう見せることはない。彼が知る必要もない。
彼女はそれを守るためなら抜け目ない。男はそう感じて不機嫌そうに静観していた。
終わったのか続いているのかしれない、曖昧な朧月夜のように。
ふたりの夜はただ冷たく、ただ彼女の心だけがなぜか晴れ晴れしく。
男の心だけが何かに取り残されたままであった。