君を待つ頃

君を待つ頃

華の香りに誘われて……

春めいてきた時節、するすると宵闇を縫って現れた白蛇が、盃を求めて彼女のひざ元にすり寄った。

「随分大胆な蛇さまだこと。わたしは蛇に好かれる質だけど、ここまで懐かれるのも珍しい」

「それは君も蛇だからさ」

突然、若者の姿に変化した蛇であったが、女はそれを驚きもせずじっと見つめた。

「どうしてそれを知っているの?」

「類は友を呼ぶ、といっても、昔の友は、人間の姫に恋をしていたようだけど。まあ恋の形は人それぞれ、、、否、蛇それぞれかな」

女は、控えめに笑みをこぼしている。

「とっても素敵なことだと思うけど」

「そうかな、一族の恥さらしだと思われても仕方がない。そうまでしてする恋など、意味はあるのだろうか」

「無意味なことなら、そんな気持ちにはならないわ……それに好きになったのが、たまたま人間のお姫さまだっただけ。魂は同じよ」

「そのようなものだろうか。私は人間なら人間同士、蛇なら蛇同士。そう惹かれ合う方がスムーズにことが運ぶだろうと思う」

「そう簡単にはいかないのが、この世の面白いこと。でなければいい物語も生まれない。それにやっぱり種族の違いなんて大した問題じゃないわ。あなたも人間のお姫さまに恋をしてみたら分かることよ」

「だったら君は人間の男に恋をしたことがあるのかい?」

男の鋭い瞳が彼女を見据えた。

「そんなことも、あったかもしれないわ」

遠くに視線をやった女の曖昧な答えに、彼は肩をすくめた。

「でも、人とは恋だけで繋がるものだけじゃない。男女の友愛だって存在するものよ」

「私には女の友達なんていないね。それじゃあつまらないじゃないか」

「そう?なら、私があなたの一番最初の女の友になってあげる」

「ふうん……まあ、それでも構わないか」

男はなんとなく腑に落ちない様子で、髪にまとわりつく花弁を掃った。

蛇たちの奇妙なやりとりは、誰も知る由もなく。

静かに舞う花びらだけがそれを見守っていた。