いつかの忘れもの

いつかの忘れもの

「やっと現れたな」

ずっと待っていた。

そう思っていたのは自分だったはずなのに、待たせていたのはこちらの方だった。

あなたは何も言わないから。私に一番近くて遠いひと。

遠い、昔の彼のひとは合わせ鏡のように。

「わざわざ私に合わせる必要もない。なぜそう知りたがる。古びたものばかり集めて愛でて、退屈ではないのか」

「それが好きなのよ。好きなものはやめられない。あなたに合わせてるわけじゃない」

「これはなんとまあ可愛げもないことを言う。私だって古いものは好きだ。私に合わせて愛しいと思っていたところなのに。もっと男に対して可愛らしくしてみたらどうだい」

「あいにくだけど、それはわたしには似合わない。あなたが一番よく知っているはずよ」

「ははあ、残念ながらね。確かに、君のことは私がよく知っている」

それはまさしく事実であった。同時に存在することは通常有り得ないふたりが、相対している。

合わせ鏡も、時を重ねて今を鏡と。

「でもそんな私もずっと忘れていたのよ。こういうのが本来のわたしだって」

「まるで戦場を駆け抜けていた時代の君のように?」

「ええ」

「そうだな、君の瞳を見ていると確かに。……俺も昔の遠い日々を思い出す」

どこか遠い視線の先を、女はじっと見つめてふと笑いながら。


「あなたと一緒だったらきっと天下もとれたでしょうね」

「ぶ……あっははは!おもしろいことを言う。俺はそういうのはいい。上はうんざりだったからな。面倒だ。そんな空虚なものより。君とこうして創り出す世界が愛しいよ」

「ふふ。案外嬉しいことを言ってくれるのね」

「俺は好きな女に対しては思ったことはすぐに言う質なんでね。言わなくても分かるなんて男の言い訳さ」

「あなたのそういうところがかっこよくて好きなのよ」

「おっとこれは不意打ちだな」

存外、彼女も素直である。そんな様子に彼は嬉しさに笑みをこぼす。

「でもまあ。可能なら君と天下。悪くない」

「あら。面倒ではなかったの?」

「君となら、なんだって楽しいさ」

「私も。そう思う」

ふふ、あはは、と笑い合うふたりの間には、そよ風が吹き。

かすかに姿を見せた鱗の、気配が色濃く現れはじめていた。