「それはきっと、君にとって大切なことだから悩むのだろうね」
紺色の衣をゆらゆらと風に遊ばせて、ひとりの男が、呟くように語りかけた。
「お前も反対するのか」
「いいや、私は君に賛成だよ。今までもこれからも」
彼は殊更穏やかに、柔らかな瞳をもうひとりの男に向けていた。
男の衣は漆黒だ。紺よりも深く。その彼が葛藤を抱えているのは珍しいことと見え、紺色の衣の男は、興味深いといった様子だ。しかし友人として、聞き役になっているのは彼の純粋な気持ちからだった。
「決めるのは君さ。そして、それは最良の結果になる。たとえ悲恋でも、無意味なことはない。どんなことでも君の糧となる」
「不吉なことを言うなよ。千月」
「例えばの話さ。それでも大丈夫ってこと」
たまに子供のように笑う千月に、黒衣の男は呆れ顔になり勘弁してくれと言わんばかりだ。
「次の世で成就させるなどそれこそ気の長い話だ。今こそ決めたい」
「ならそうすればいい。君ならそう言うだろうと思ってたよ。黒雨殿」
黒衣の男の名は、黒雨。
彼は今まさに、人生、否。龍世の分岐点に立っていた。
自分の気持ちを優先して、それがエゴだと騒がれたとしても自分の望みを貫くか。
周囲に合わせて自分を押し殺し、望まれている姿になるのか。
そのような悩みを、一番の友人である千月に打ち明けていたのである。
そして、その悩みはというと……
「いや、まさかあんなにぶらぶら自由気ままな君が、身を固めようなんてね」
「馬鹿にしてるのか。お前こそ、自由気ままだろ。俺よりも」
黒雨は、ふと千月の瞳を見据えた。
「はは、そうだね。そうでありたいが……もうそうも言ってられない」
「お前も誰か想う者がいるのか?ぜひ聞かせてもらいたいものだ」
「いいや、違うよ。小さな灯をね。見つけたんだ。とても大事な、俺にとってのそれこそ想いびとかもしれないが」
千月は、深い夜空に瞬く、二つの星を見つめた。