第二章 幼い若龍と姫龍(其の壱)

「若様!お待ちください」

従者の男たちや、侍女の女たちが、わらわらと動き回る。

それから一歩抜きんでて駆け回っている、ただひとりの少年(若龍とも)がそれをたいそう面白がり、屋敷の簀子から高欄へ飛び上がり、笑い声を立てていた。

「若様、危のうございます!お戻りくださいませ」

少年はそれを無視して、庭へと繋がる階段に飛び降りた。

「はは、随分やんちゃな若龍さまだ」

それを少し遠くから眺めている男がひとり、こちらもまた面白おかしくまるで観劇でもしているように見える。

「元気なのはいいことだけど、落ち着きがないのは困りものね」

隣で、女がひとり、苦笑いをしてそこに佇んでいる。

「そろそろ来るぞ、後10秒くらいで」

男が得意気に言った通り、少年は瞬く間にやってきた。そして驚くほどの跳躍力で飛び上がり、高欄へ手をぶらぶらさせては顔を覗かせた。

「ほら、おいでなすった」

「ちと姉!ちは兄!なーんか暇だなあ。面白い話でも聞かせてよ」

「面白いお話?」

「また無理難題を……誰に似たのか」

千迅の一言に千歳が袖をひっぱりたしなめる。龍王と龍妃に対する失礼な言動は見過ごせない彼女に、相変わらずの優等生ぶりだと言わんばかりに彼は苦笑する。

「それよりも、従者たちの言い分を少しは聞いて大人しくしたらどうです?」

千迅のもっともらしい意見に、少年は頬を膨らませた。

「あの者たちは面倒で面白味もない。でも二人なら、いろいろ知っているだろ」

「では面白い物語などひとつ」

突然千歳が穏やかに口を開くと、千迅が途端に驚く。

「君、ほんとうに話すつもりなのか」

「あら、いけないの?若龍さまのご要望にお応えしないと」

「俺はそんなに聞かされたこともないのに……いやこれは許せない。俺が話をしよう」

つまらぬ嫉妬心をむき出しに彼女の話を遮る彼に、少年は目を輝かせた。千迅が物語の話をするなど滅多にないことだったためだ。

「どんな話だ?」

「恋のお話しですよ」

「ええーっ!!」

すぐさまブーイングの嵐だ。若龍さまは色恋沙汰の話はお気に召さないらしかった。

「まあお聞きください。昔々あるところに、男の龍と女の龍が……」



「あちらにいらっしゃるのが若龍さま?」

「はい」

また、少し離れたところで、小さなそれでいて澄んだ瞳で眺める少女がひとり。

未だ恋の味も知らぬ若龍と姫龍が出会うまで、あと少し。