4、姫【創作小説 風は琴の音とともに】

敵将の水島桐影の意向により颯一郎は命を救われる。

それまでと一変した生活を送り始める主従の前にある人物が現れる。

 

4、姫

 

新たな屋敷、調度品、食料まで諸々を与えられ、とても敵将の息子への扱いとは思えない待遇に俺は狼狽していた。

城にいた頃は身の回りの世話をする者がいたが、今となっては自分たちで行っていくしかない。

 

篠一に教わり不慣れながらも炊事洗濯をする俺だが、この奇妙な巡り合わせについて考えない時はなかった。

「若、思わぬところで命拾いしましたな」

 

篠一は意気揚々と笑っているが、俺は腑に落ちなかった。

 

「敵に助けられとんだ恥さらしだ。よくもまあそんなめでたい物言いができたものだな」

 

「そうカッカなさるな。お家再興のためにはどのような形であれ生きなければなりませんぞ」

 

「長筬の生き残りは俺だけだ。どうして再興など叶えるものか」

 

「若、生かされたということは、その希望があるということ、もう少し前向きに考えませんと」

 

「お前はお気楽過ぎなんだ」

 

怒る気にもなれず嘆息して庭に目線をやると、小袖を身にまとった二人の女がこちらの様子をうかがっていた。

 

「おお!?あの女人方はもしや、若の花嫁候補では」

 

身を乗り出す篠一を無理矢理引き戻す。

 

「そんなわけあるか、あの簡素な服装からして女中か何かだろう」

 

それにしても監視役に嫁を取らせるなど、全くもっておかしい話だ。

きっと相手も迷惑なことだと嘆き悲しむに違いない。

桐影は女でもやればそれまでの気も変わるとでも思っているのだろうか。

残念ながらそんな単純な思考は持ち合わせてはいない。篠一と違って。

 

「もし、長筬家の颯一郎さまでいらっしゃいますか」

 

「は!どうぞこちらへお上がりください。若、堂々となされませ」

 

肩をバシバシ叩く篠一は上機嫌で、だいぶ鬱陶しい。

 

女人の一人は、端正な身のこなしで女中とは思えぬ上品さを醸していた。

 

これほどの器量良しで着物がもっと上等なものであれば、それなりに、いやそれ以上の姫となるだろうに。

 

もう一人は、どちらかといえば侍女と呼ぶに相応しいくらいの凛々しい顔つきをしていた。

 

「颯一郎は俺だ。女中の者か」

 

「まあ! 失礼な……ここに御座しますは、久々宮家の姫、美琴さまにございます」

 

「菘、そのような物言いは控えなさい。それに久々宮家はもうなくなってしまったのだから」

 

久々宮家――はるか昔に聞いたような気がするが、今妙に”なくなってしまった”という言葉が気にかかる。

自分の家がなくなったことなどもう過去のものとなっていくのかと、切ない気もする。

「颯一郎さま」

 

「ん?」

 

ぼんやりと家のことを考えていたため、生返事をしていた。

 

「これから末永くよろしくお願い申し上げます」

 

「ああ、末永く……」

 

斜め下を向いていた俺は思考停止し、思わず彼女を見上げた。

 

「それはどういう……まさか本当に嫁に……?」

 

彼女はためらうことなく頷き、深々と頭を下げてきた。

 

「ほら若!私の言った通りでしょう。ということはさしずめそちらの菘殿とやらが私の……」

「いえ、婚姻は姫様と颯一郎さま、お二方のみです」

 

期待を込めた目線を送る篠一に、全く動じない菘はきっぱりと言い放った。

 

 

本当にこんな形で嫁取りすることになろうとは。

だがこのまま受け入れるわけにはいかない。

「桐影殿に命じられて来たのだろう。即刻帰れ、双方にとってこの婚約は無益だ」

 

菘が不満気に口を開くが、それを遮り篠一が大声でまくし立てる。

 

「若! このように見目麗しい姫を前にして断るなど、もったいない……あ、いや、失礼ではありませんか! それに、桐影殿のお気遣いを無下にしては拾うた命をまた捨てることになるやもしれませんぞ」

 

「一度は捨てようとした命を今さら惜しむこともないだろう」

 

何より姫を巻き込むわけにはいかないという譲れない思いが俺の中にあった。

 

 

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